サキュバスパンデミック17

「そうだ! ダメじゃない! トリオを組もう!」


 それは、ムチャが悩みに悩み抜いた末に導き出した答えだ。トロンと離れるのは嫌だが、ケセラの思いを無下にするのも気がひける。恋人云々はプリムラを捕まえてから後でゆっくり考えれば良いし、別にお笑いはトリオだといけないだなんて誰も言っていない。三人で旅をするのも悪くないだろう。ムチャはまるで難解な数学の問題を解いたような気分であった。


「「はぁ?」」


 しかし、女性陣二人のリアクションは怖かった。


「ムチャさん。私はサキュバス的には三人でもいいですけど、この状況でそれは無いですよ」

「ムチャ、私は芸人的にはそれでいいけど、人としてそれは無いよ」

「え? えぇ?」


 ムチャは女心が分からぬ男であった。


「ムチャさんの選択は女性を不幸にする選択なんですよ」

「ありえないありえない。先送りって大抵ろくな事無いんだよ」


 ムチャの頭上にハテナマークがボコボコ沸いてくる。これは相方をどちらにするかという話ではなかったのであろうか。ケセラを恋人にするという話はさっき断ったし、相方は別に二人いても悪い事はない。でもトロンとケセラはなぜか怒っている。わけがわからない。


「じゃあ、質問変えます。ムチャさんはトロンさんが好きなんですか?」

「はぁ!?」

「トロンさんとお付き合いしたいんですか!? 恋人になりたいんですか!? 結婚したいんですか!?」

 ケセラは顔がくっついてしまいそうな程にグイグイとムチャに詰め寄る。トロンは相変わらず何を考えているのかわからぬ表情で、そんな二人のやりとりを傍観している。


「待て待て待て待て! なんでそんな事聞くんだ!?」

「私がムチャさんを好きだからです!」

「だからそれは断っただろ!」

「ムチャさんがトロンさんの事を好きなら、私は身を引いてこの夢を解きます!」

「無条件で解け!」

「イヤです! 私にも立場と都合がありますから!」

「友達だろ!?」

「友達ですけど、都合のいい女じゃないんです!」

「そんな風に思ってねぇよ!」


 ムチャはケセラとの距離にドギマギしながら、チラチラとトロンを見る。

 しかしトロンは涼しい顔をして知らん顔だ。


「あのな、その、トロンは大事な相方で」

「ふむふむ」

「好きっちゃ好きだけど、付き合うとか付き合わないとかじゃなくってな」

「ふむふむ」

「ぐ、ぐぬぬ……ぐぬぬぬぬぬ!!」


 実はムチャ、この状況を脱する手段を既に思いついている。しかし、それは最後の、最後の最後の最後の最後の最後の最後の手段で、絶対に使いたくない手段であった。


「ムチャさんがハッキリしないと、私はいつまでもムチャさんを諦められません!」

「自分の感情には自分で責任を取れ!」

「それができないからこうしているんですよぉ!!!!」


 ケセラの叫びを聞いて、ムチャはハッとする。よく見ると、ケセラはとても苦しそうな表情をしていた。ムチャへの気持ち、トロンへの気持ち、プリムラへの気持ち、自分の立場、それらが今グルグルと渦巻き、ケセラの心を圧迫していのだ。


「ムチャさんが好きです! でもトロンさんも好きです! そしてプリムラ様にも恩があります! こんな思いをするくらいなら、ずっと三人で夢の中で……」


 ムチャは覚悟を決めた。友人であるケセラをその苦しみから解放すると。

 ムチャが目を閉じると、ムチャの頭から喜のオーラが溢れ出す。


(もっと、もっとだ! 思考を止めて恥じらいを捨てろ! テンションを上げて勢いで乗り切るんだ!)


「ムチャ、さん?」

 ケセラが呟くと、目を見開いたムチャが動いた。


「きゃあっ!!」

 目を血走らせたムチャは、ケセラを押し倒し、自らの服を手で引き裂く。そんなムチャの行動に、今まで傍観していたトロンも驚く。

「ムチャ!?」


「ウェーッヘッヘッヘ!!!!」


 半裸になったムチャは、更にズボンとムチャパンを投げ捨て、倒れたケセラに馬乗りになる。

「ヤラセロー!!!!」

 それはムチャが絶対に口にするはずがない言葉であった。

「イヤ! イヤー!!!!」

 ケセラの絹を裂くような悲鳴が真っ白な空間に響く。しかし、ムチャはおかまいなしにケセラの両腕を押さえつけ、キスをしようと唇を突き出して顔を近づける。まるでぼっち猿の呪いにかかった時のようだ。

「ムチュー!!」

「ちょっとムチャ! ダーメー!!」

 トロンがムチャの肩を掴んで引き剥がそうとするが、ムチャは首を180度回転させて振り向くと、今度はトロンへと襲いかかった。

「わぁっ!?」

 そして転倒したトロンのローブを掴んではだけさせ、下に着ていたシャツを凄い力でぶちぶちと千切ろうとする。

「わーっ! ムチャ! ピーマン! ピーマン!」

 トロンはパニックになり、ムチャの嫌いなものを叫びながら腕をバシバシと叩くが、当然無意味である。

「ヤーラーセーロー!!」

 シャツが完全に裂け、トロンの白い肌着が見える。そしてムチャが肌着にまで手を伸ばそうとしたその時。

「このケダモノー!!!!」

 トロンの落とした杖を手にしたケセラが、ムチャの後頭部に杖をフルスイングした。

「アベッ!!!!」

 後頭部に杖を食らったムチャは、夢の中で気を失ったのであった。

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