サキュバスパンデミック9

 クリバー学園の中心部に建てられている、時計塔の内部にある学園長室で、プリムラはゆったりとした学園長の椅子に腰掛けて優雅にワイングラスを傾けていた。


「さすがは学園長ね、ちょっとだけ苦戦しちゃったわ」


 当の学園長はというと、プリムラと激しい魔法合戦を繰り広げた後、疲労困憊の所をサキュバスとなった守るべき生徒達に取り囲まれ、今は漆黒の球の中で穏やかな夢を見てた。


「このまま人間おやすみ計画を進行しちゃおうかしら。ねぇ、ケセラちゃん」


 プリムラはそう言って、側に立つサキュバスをちらりと見やる。そこに立っているのは、もちろん「寂しい夜に一条の光を」をキャッチフレーズにしているあのケセラである。


「プリムラ様のお心のままに」

 そう口にしたケセラは、浮かぬ顔をして俯いていた。プリムラは困ったような笑みを浮かべて椅子から立ち上がると、ケセラをギュッと抱きしめる。そして子をあやすように、優しく頭を撫でた。


「大丈夫、大丈夫よ。あなたは……私達は何も悪い事をしているわけじゃないのだから。これが人間達にとっての救済になるの」

「……はい」

 ケセラもやり切れぬ思いを払拭するかのように、プリムラの豊かな胸に顔を埋めた。


 すると、学園長室の窓が開き、プリムラの直下である一体のサキュバスが飛び込んできた。

「ぷ、プリムラ様! 大変です!」

「あら、何事?」

 プリムラはケセラを撫でながら優雅に問う。

「数人の人間達が、我々の軍をなぎ倒しながらこちらに突撃してきます! 先頭に立つのは例の少年と少女です!」

「あらー、マジ?」

「マジです!」

 プリムラに抱かれるケセラの目に、僅かに光が宿った。




 数時間前にサキュバス達に追われて逃げてきた校舎へと続く通学路を、ムチャとトロン、リャンピンとレオは、今度は襲い来るサキュバス達をものともせずに爆走していた。


「男の子だー! あの子私のー!」

「女の子もいる! あなたもサキュバスになりましょう!」


 学園内にすっかり少なくなった人間に色めき立ちながら、サキュバス達は爆走する四人を取り囲み、一斉に抱きついた。しかし。


「「あれ?」」


 彼らに触れたサキュバス達が次々と能力の発動を念じるも、男女四人は眠りもせず、サキュバスに変身もしない。


「はぁっ!」

 戸惑っているうちに、あるサキュバスは少年の手刀を首に受けて気絶し、あるサキュバスは少女の振るう鞘付きの剣に吹っ飛ばされる。

「な、なんでー!?」

 逃げようとしたサキュバスは、少年の杖から放たれた眠りの魔法で逆に眠らされてしまった。


「よーし! この調子だな、トロン……じゃなくってトロス!」

「バンバンいこう、チャム」


 チャムとトロス。

 この名前に聞き覚えはあるだろうか。以前ムチャとトロンは、クリバー学園へと向かう馬車の中で魔法の薬を飲んで性別が入れ替わった時、アダ名としてこの名を名乗った。そして今、ムチャとトロンは再びあの薬「セイベツイレカワール」を飲み、性別を入れ替えていたのだ。


 今のムチャは肉体は女であり、精神は男である。そしてトロンは、肉体は男であり、精神は女だ。そんな中途半端な状態にある二人に対して、サキュバス達が男女に使い分ける能力は、完全にとは言わずとも格段に効き辛くなっているのだ。


「でも、やっぱり体の感じが違うなぁ。なんか力んじゃうっていうかさ。それに、なんか股のこれが凄く邪魔」

 そう言ったのは、お団子活発ガールから爽やか武術ボーイへと変身した、リャンピンならぬリャンソウである。

「くっそぉ! 俺のも邪魔になるくらいついていてくれたらよかったのにー!!」

 と言いながら、自らのあまり無い胸を揉みしだいているのは、ドスケベ的当て少年からサバサバ系女子へと転じたレオならぬレオリーヌである。


 触れられればゲームオーバーという状況から脱した四人は、多少体に違和感を感じつつも、プリムラを捕らえる為に逆襲を開始したのだ。


 爆走し続ける四人の前に、今度は先程とは比べ物にならぬ程のサキュバス達が立ちはだかった。能力は効かずとも、物理的に捕らえてしまおうというわけだ。


「なーるほど、力押しってわけか、それならいくらでも戦いようがあるぜ!」


 チャムは可愛らしい顔でニヤリと笑う。


「トロス! 新技だ!」

「オーケー、チャム」


 トロスもカッコつけて、ニヒルに笑みを浮かべた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る