サキュバスパンデミック10

「トロス、スタンバイ!」

 チャムが仁王立ちして叫ぶと、トロスはチャムの目の前にマイクスタンドのように杖を突き立てた。そして杖に魔力を込める。

「スタンバイオーケー、マイクチェック、マイクチェック」

 トロスの言葉にチャムは頷くと、大きく息を吸いこんで、全身に喜のオーラを纏わせた。そしてカッと目を見開いて叫ぶ。


「口の中に、すっぱぁーーーーーいレモン!!」


 その瞬間、チャムの声が杖を通して淡い光を放つ黄色い波紋となり、前方にいるサキュバス達の肌をビリビリと震わせた。すると。


 ゴポッ


 杖から放たれる波紋に触れたサキュバス達の口から、唾液が大量に溢れ出した。

「あぷっ! なにこれ!?」

「く、口の中が……す、すっぱい!!」

 それを見て、チャムとトロスはグッと親指を立てた。チャムは更に叫ぶ。


「口の中でレモンを思いっきりむしゃむしゃ! それをレモン汁100%ジュースでぐびぐび! 」


 再び杖から波紋が広がり、サキュバス達は更に大量のヨダレを垂れ流す。曲がりなりにも乙女である彼女達は、それを隠そうとして右往左往飛び回る。


「なぁムチャ、じゃなくてチャム。これは何なんだ?」

 レオリーヌとリャンソウは、はしたなくヨダレを垂らしながら飛び回るサキュバス達を唖然として見ている。


「これは俺達の新必殺技、超心象波だ!」

「別名、イメージハウリングブラストだよ」


 イメージハウリングブラスト。

 それは、ムチャが発する喜の感情術を乗せた声を、トロンの増幅の魔法をかけた杖を通して相手に聞かせる事により、声を聞いた者の「想像力」を活性化させるというだけの技である。


 しかし、人間の想像力とは凄いもので、犬に噛まれた事がある者は犬を見ただけで筋肉が萎縮したり、風呂場で髪を洗っている時に背後に幽霊がいる事を想像すると、何もいないとわかっていても気が気ではなくなるといった現象が起こる。そしてイメージハウリングブラストは、その想像を何倍にも膨らませ、選ぶワードによっては相手に絶大な心理的ダメージを与える事ができる技なのだ。


 これは二人が感情術をお笑いに活用できないかと思って開発した技なのだが、ズルをするようで嫌なので、結局二人は客を相手に使った事は無い。しかしせっかく作った技なので、相手を傷付けずに撃退する技として転用したのだ。


「寝ようと思ってベッドに入ると、枕元でカサカサと音がして、明かりをつけてみるとゴキが……」


「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」」


「サラダを食べていたらレタスの裏に青虫が……」


「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」」


「爪を切ろうとした瞬間にくしゃみをしてしまい、思いっきりバチンと……」


「「いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあい!!!」」


「太ったおじさんが三十人入った後のお風呂のお湯で歯磨きを……」


「「やめてぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!」」


 チャムが叫ぶ年頃の少女達にはあまりに嫌なワードに、サキュバス達はヨロヨロと蚊のように空から落下し、泣きながら散り散りになって逃げて行く。叫ぶ側のチャムも、ちょっとだけ想像して鳥肌が立っていたが。

「うーん、まさかこんな所で女泣かせをするとは思わなかったぜ」

「すっごく悪い意味でね」

 ともあれ、こうしてチャム達四人はサキュバス達を追い払いながら、時計塔へと向かうのであった。

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