サキュバスパンデミック4
ムチャ達と別れたハリーノは、息を切らせながら女子寮に向かって坂道を駆け上っていた。本来運動の苦手なハリーノは、少し前であれば、校舎からの中距離マラソンにとうに力尽きて座り込んでいただろう。しかし、ハリーノは初めてエスペリアとデートをしたあの日から、憧れのエスペリアに相応しい男になるために少しずつ運動をして体を鍛えていたのだ。それにより体力が以前よりはついており、今はそれがひ弱なハリーノの足を支えている。
「エスペリア……」
いつもならば男子寮に向かう右の道に進むのだが、今はエスペリアと合流するために女子寮へと向かう。そして息も絶え絶えに女子寮に辿り着くと、豪華絢爛な扉を開き、その中に飛び込んだ。
寮の周辺にはまだサキュバス達はやって来ていないらしく、何事も無くロビーで屋台用の飾り付けを作っていた女子生徒達が、勢いよく飛び込んできたハリーノに驚く。
「ちょっと! あなた何ですの!?」
「勝手に中に入らないで。誰かに用なら呼んでくるから」
「規則違反よ!」
女子達からハリーノに非難の声が飛ぶが、今はそんな事に構っている暇はない。
「みんな! 説明してる暇は無いけど、今は緊急事態なんだ! 旧校舎に逃げるか、部屋に入って鍵をかけて! 早く!」
訝しげな表情を浮かべていた女子生徒達は、ハリーノの真剣な顔を見て、どうやら何かが起こっている事を察したようだ。皆そそくさと自分の部屋に戻ったり、寮を出て旧校舎に向かう。
ハリーノは寮を出ようとする一人の女子を捕まえて、エスペリアの部屋の場所を聞いた。
「エスペリア様の部屋なら、201号室あそばせ」
女子生徒達が慌ただしく下りてくる階段を、ハリーノは二段飛ばしで駆け上がり、エスペリアの部屋の前に立った。
このような状況とはいえ、女性の部屋を訪れるのが初めてのハリーノは緊張してしまう。しかも憧れの女性の部屋となれば尚更だ。しかしモタモタはしていられない。意を決してドアをノックした。
「どちら様?」
数秒の後、扉の向こうからいつもより気だるそうなエスペリアの声が聞こえた。この薄い扉一枚を隔てた向こう側に、昨日泣かせてしまったエスペリアがいるのだ。
「ぼ、僕だよ! ハリーノ!」
ガタン
扉の向こうで、何かが落ちたようなぶつかったような音が響いた。
「だ、大丈夫?」
再び数秒の沈黙があった後、返事が返ってくる。
「何でもありませんわ。それより、何しに来たんですの?」
今度のエスペリアの声は、酷く冷たい。
「今説明してる暇は無いけど、とにかく緊急事態なんだよ! ドアを開けて! 旧校舎に行こう!」
「い、今からですの!?」
「今からっていうか、今すぐだよ!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいまし! 今!? 今はダメ!」
エスペリアはそう言っているが、それに構ってはいられない。ハリーノがダメ元でドアノブを回すと、鍵をかけ忘れていたのか、あっさりとドアは開いた。
「「あっ」」
開いたドアの向こうにいたエスペリアは、身なりこそいつも通り小綺麗に整っていたが、その目は昨日しこたま泣いたせいか、真っ赤に腫れて酷いことになっていた。
「いやぁー!」
エスペリアの手から雷の魔法が放たれ、壁際まで吹っ飛ばされたハリーノは、またしても髪の毛をチリチリにされた。しかし、ハリーノは素早く立ち上がると、まだ痺れが残る手でエスペリアの腕を掴んで引っ張る。
「勝手に開けてごめん! でも、話は後で!」
「なんなんですのよ!?」
そのまま駆け出すハリーノに、エスペリアは躓きそうになりながらついて行く。
ハリーノが来た通りに戻ると、先程まで賑わっていたロビーには誰もおらず、既にみんな避難した後のようであった。ハリーノはそのままロビーを駆け抜け、女子寮の扉を開け放つ。
バッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサバッサ
二人の視界を、寮を囲むように舞う漆黒翼が覆い尽くす。
「こ、これはいったいなんですの……」
ハリーノは汗の滲む手で、更に強くエスペリアの手を握りしめた。
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