サキュバスパンデミック

 プリムラの全身から膨大な魔力が迸り、ムチャとトロンは吹っ飛ばされる。素早く体制を立て直して身構えると、プリムラは占い師のようであったその姿をサキュバスらしい黒くぴっちりとした衣装に変え、漆黒の翼を広げて上空に舞い上がる。


 空を見上げると、プリムラだけでなく、あちこちで空に羽ばたくサキュバスの姿が見えた。おそらくプリムラの占いを受けた女子生徒達が、すでにサキュバスに変えられていたのであろう。


「ふざけんなよ! なんでこんな事するんだ!?」

「うふふ、それも私を捕まえる事ができたら教えてあげるわ」


 ムチャは剣を抜き、トロンは杖を構える。トロンの顔面には食べかけのミルフィーユがへばりついており、どうやら吹っ飛ばされた時にパイ投げのようにミルフィーユを顔面に食らったらしい。

 平和な学園生活を送っていたにも関わらず、やはりこの二人は争いに巻き込まれる運命にあるのであろうか。彼らはただ健全に芸人として生きたいだけなのに、それはあまりにも酷な運命だ。


 すると、少し離れた上空から鋭い声が飛んできた。


「お待ちなさい!」


 声のした方を見ると、そこにはクリバー学園の教頭ベローバが宝玉の埋め込まれた杖に跨り、上空を飛んでいた。


「学園内に妙な魔力が渦巻いていると思ったら、どうやら賊が忍び込んでいたようですね。我が学園で不貞を働く輩は、この私が許しませんよ!」

「ベローバ教頭!」


 ムチャ達は思わぬ助っ人の登場に歓喜した。

 トロンは魔法学科の実技で、ベローバの授業を受けた事があり、その時にベローバが最上級の攻撃魔法を放つところを見た。それはイワナの「雷砲」以上の威力を持つ氷結の魔法で、魔法の余波で演習場の温度が氷点下まで下がる程であった。

 ベローバの全身から、プリムラに負けぬ程の力強い魔力が溢れ出す。


「いいぞ教頭!」

「凄い魔力……」


 ベローバは目を閉じ、集中して呪文を唱え始める。


「魔の力により生まれし冷気よ、我に力を貸し与え給え。重く、冷たく、無限の闇の如く、全ての動を静に変えよ」


 ムチャはいつのまにか腕に鳥肌が立ち、吐く息が白くなっている事に気づいた。ベローバの練る魔法の冷気で、周りの空気が急激に下がっているのだ。さすがはクリバー学園の教頭である。子供達に魔法を教える立場の人々を纏め上げるだけの力を、彼女は確かに持っていた。生徒達は知らない。彼女がかつて「絶対零度の魔女」と呼ばれ、魔王軍に恐れられていた事を。


「大河を氷河に変え、大地を雪原に変える。火は既に遠く、太陽は月となる。草木は枯れ果て、仮初めの夜が訪れる時、全ての生命は沈黙する。我、今こそ終わらぬ冬を放つ。……くらいなさい!!ファイナルエターナルブリじゃ……あっ」

「「あっ」」


 ベローバは噛んだ。


「はい、タッチ♡」


 ボムン


 ベローバが呪文を噛んだその隙に、プリムラは素早く羽ばたき、ベローバにタッチする。そしてベローバは呆気なくピンク色の煙に包まれた。


 上空からキンキンに冷えたベローバの杖が落下し、ガランゴロンと虚しい音を立てる。そして煙の中から、美しく若返ったベローバサキュバスが姿を現した。


「これが、私……?」


「なんてこった!」


 その光景を見ていた男子生徒達は、愕然としながらも、ババ……いや、老婆のままサキュバスにならなくてよかったと、ちょっとだけホッとした。

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