学園祭前日6
「どうも、ケセラちゃんがお世話になったわね。私はエリートサキュバスクイーン、色欲のプリムラと申します」
その肩書を聞いただけで、ムチャとトロンは色々と察する。彼女がケセラの上司である事、そして新生魔王軍の一員である事を。
「ね、ねぇ、ムチャ君。この人二人の知り合い? サキュバスって、あのサキュバス?」
リャンピンがムチャに尋ねる。
ムチャとトロンは友人達にブレイクシアやイルマなどの新生魔王軍と戦った事がある事を話してはいなかった。それは友人達を、二人に纏わりつく危険に巻き込みたくないという気遣いからだ。そして今は全てを説明している暇は無い。新生魔王軍の強さは誰よりもムチャとトロンが一番よく知っている。ブレイクシアもイルマも、二人だけでは絶対に倒せないと言い切れる程の強さだった。油断すれば一瞬で殺される可能性だってある。
しかし、プリムラはムチャとトロンが予想していなかった言葉を口にした。
「そんなに警戒しないで。私は別にあなた達と争うために来たわけじゃ無いのよ。そうだ、そこら辺でお茶でもする?」
「お、お茶?」
「そう、お茶」
「お茶……お茶ねぇ」
気品はあるが、トロンとは別のベクトルで少しズレた感じ、やはり間違いなく彼女はケセラの関係者だ。結局、二人はプリムラとお茶をする事に決めたのであった。
十五分後、ムチャとトロンとプリムラは、以前コンパで利用したカフェのオープン席に座り、向かい合って座っていた。プリムラは紅茶を口に運び、ふぅとお上品に一息つく。ムチャはニパに、万が一のことを考えて皆を避難させるように言ったのだが、皆は言うことを聞かなかったらしく、少し離れた席に座って三人の様子を伺っている。
「でー、そのー、あなたは新生魔王軍の偉い人なんですよね? 俺達に何の御用でしょうか?」
ムチャは冷めたコーヒーには手を付けずに、プリムラに尋ねる。相手が魔王軍の一員だとわかっているとはいえ、絶世の美女を目の前にして実は少しだけ、いや、かなりドギマギしていた。
ちなみにトロンはムチャの隣でケーキセットのミルフィーユを一枚ずつ剥がして食べている。トロンはプリムラを信用しているというより、相手は大物なのだから茶を飲むと言ったら飲むであろう、もし戦う事になったら仕方がない、その時は全力でやってやろうと、ドッシリ構えていたのだ。
「用事というよりはね、私はあなた達に興味があるのよ。まずあなた達、イルマを返り討ちにしてくれたでしょう? 私あいつ大嫌いなの。ぶっ飛ばしてくれてありがとうね」
その功績はほぼほぼカリンのものであるが、反論はしなかった。
「それにね、ケセラちゃんから色々話を聞いて、あなた達の芸人っていう生き方は立派だと思っているのよ。人を楽しませて、その対価を貰って生きるって素敵じゃない」
「それはどうも」
プリムラに褒められて、ムチャは正直悪い気はしない。芸人の事を「生産性がない」だの「ユニークな乞食」だの言う人がいる世の中で、プリムラのように素直に褒めてくれる人は珍しい。しかし、彼女が何をしに二人の前に現れたのかは未だに読めなかった。
「あなた達みたいに、私もしっかり仕事しなきゃいけないわねぇ」
「えぇ、しっかりしていただくのは良いのですが、今日のところはお引き取り願えないでしょうか? 明日みんなが楽しみにしている学園祭がありまして、我々もネタをやるのでその前に騒ぎを起こすのは困ります」
ムチャが深々と頭を下げると、プリムラはムチャのつむじをキョトンとした顔で見た。
「あらあら、お忙しいところに来てしまったようね。そっかぁ、学園祭かぁ。お祭りよね?」
「はい、お祭りです」
「色々イベントとかやるのよね?」
「盛りだくさんです」
「それなら、せっかくのお祭りだし、私も便乗しちゃおうかしら」
「はい?」
「鬼ごっこ大会なんてどう? 楽しそうじゃない?」
「鬼ごっこ?」
ムチャとトロンの頭上に巨大なはてなマークが浮かぶ。プリムラは辺りを見渡して、店内にいた一組の学生カップルを見つけると、パチンと指を鳴らした。すると。
ボワン
カップル片割れである女子生徒が煙に包まれ、煙が晴れると、そこには女子生徒そっくりの、翼の生えたサキュバスがいた。
「「うぇ!?」」
ムチャとトロン、そして別の席からその様子を見ていたレオやニパ達も驚きの声をあげる。
サキュバスに変身した女子生徒は、男子生徒に抱きつくと、床に押し倒して馬乗りになり、男子生徒の頭を掴んで自分の額をくっつけた。すると、二人は石のようにピクリとも動かなくなり、どこからか現れた真っ黒な魔力の球に包まれた。
「ななな、なんじゃありゃ!?」
ムチャとトロンは椅子をひっくり返して驚いたが、プリムラは涼しい顔して紅茶を一口すする。
「これ、私が魔王様からいただいた力よ。私が触れた女性はみんな私に忠実なサキュバスにする事ができるの。そして私がサキュバスにした女の子も、他の女の子をサキュバスにできるの。それからね、サキュバスには奥義があるわ。自らの全ての力を使い、誰にも邪魔されない空間で、一人の相手に、永遠に幸せな夢を見続けさせる事ができるという奥義よ。これはね、本来結ばれぬ恋をしてしまったサキュバスが、命をかけてその相手と強制的に永遠に結ばれるための技なの。ロマンチックでしょう?」
「いやいやいやいやいやいや! 強制的にって怖いよ! ていうか、あれやめさせろよ!」
ムチャはプリムラに抗議をしたが、プリムラはムチャの抗議などどこ吹く風で言葉を続ける。
「で、大会のルール説明ね。私がこの学園の全ての人間をあの黒い球に変えたら私の勝ち。その前にあなた達が私を捕まえる事ができたらあなた達の勝ち。オーケー?」
「ぜんっぜんオーケーじゃねぇ!!」
プリムラは今度は悪そうに笑った。
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