学園祭前日5

 そしてテントの中から、まるで女神、いや、悪魔的な美しさを持つ美女が姿を現した。


 美女は頭から薄いベールを被り、黒を基調とした露出の少ない占い師らしい格好をしているが、布地の奥からは止めどない色香が溢れている事が、遠目からでも理解できる。ムチャとトロンの知る限り、プレグやカリンも大人の女性の色香を強く放っていたが、そんな彼女達ですら決して敵わないと思える程の強烈な色香だ。


 美女はテントを出ると、立て札をサッと撫でる。すると立て札に書かれている文字が、一瞬にして「休憩中」に変わった。本来であれば行列に並ぶ女子生徒達から不満の声が上がりそうなものだが、皆美女に見とれて声を出す事もできない。そして美女はムチャの方を見ると、妖艶に微笑んだ。


 ムチャは美女の色香に当てられ、ふらふらと美女に向かって歩き出しそうになる。すると、ムチャの全身を淡い光が包んだ。光に包まれた瞬間、ムチャはハッと意識を取り戻す。ふと隣を見ると、トロンの握る杖から光が放たれており、トロンが何かしらの魔法を使った事が分かる。


「ムチャ危ない。魅了の魔法にかかるとこだったよ。しかも凄く強いやつ」


 トロンは美女から視線を外さずに言った。

 ムチャが美女に視線を向けると、美女は今度は困ったような笑みを浮かべ、ムチャ達の方へと歩いて来た。ムチャは剣の柄に手を伸ばし、トロンも杖に魔力を込める。


 五人の前まで来た美女は、ムチャとトロンを見比べて口を開いた。


「ごめんなさいね。私、可愛い男の子を見ると、ついつい魅了しちゃうのよ。でも、わざとじゃないから許してね」

 美女の口から放たれたその声は優しく、二人が思った以上に明るいトーンだったので、二人は少しだけ拍子抜けてしまった。

 しかし、油断はしない。視線を合わせただけでついつい強力な魅了の魔法を放ってしまうなど、それは彼女が只者ではない証拠だ。余程の神性や魔性を持つ人物か、あるいは相手を魅了してしまう本性を持つ魔物。即ち。


「あんた、サキュバスだな」


 美女は今度は優しく、にっこりと笑った。

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