学園祭前日2

「ネタはまだまだ荒削り感があるけど、あなた達がやると結構面白かったわ」

「うへへ、どうもどうも」

「私達、場数だけは踏んでるからねぇ」


 ヨチに褒められて、二人は照れたようにぽりぽりと頭を掻いた。この二人、知り合い相手にネタを見せると意外とウケるのである。これが身内ウケというものかもしれない。


 するとそこに、レオとリャンピン、ハリーノといういつもの面子が教室の扉を開いて現れた。彼らは旧校舎で待ち合わせ、明日の学園祭本番をめいいっぱい楽しむために、今日のうちにどこに何の店や出し物が出るのか下見をする約束をしていたのだ。


 レオとリャンピンはいつものように爽やかにヨチとムチャトロコンビに挨拶をする。しかし、ハリーノはしょんぼりとうなだれ、どこか上の空であった。


「おい、ハリーノどうした? あと、エスペリアは来なかったのか?」

 実はエスペリアもムチャ達と待ち合わせをしていたのだが、今ここにエスペリアの姿はない。問われたレオはおどけたように肩を竦ませ、ハリーノの方を見た。ムチャはそれだけでは事情がわからず、首をかしげる。するとリャンピンが気まずそうに口を開いた。


「なんかねぇ。喧嘩しちゃったみたい」

「「ケンカ?」」

 それを聞いてムチャとトロンは顔を見合わせる。

 つい先日まで絶妙な距離感で牽制しあっていた二人が喧嘩をするなんて思いもしなかったからだ。


「喧嘩って、何があったんだよ」


 ハリーノはうなだれて、ただユルユルと首を横に振る。

 いったいハリーノとエスペリアに何があったのか。


 それは昨日の事である。二人は皆に茶化されないように、誰にも内緒で二度目のデートをしていた。人目を避けるように湖のほとりにやってきた二人は、学園祭準備の喧騒を遠くに聞きながら、なんだか良いムードで湖の周りを歩いていた。


「エスペリア、さぁ、これに座って」

 ある程度歩いたところでどちらともなく立ち止まると、互いにこっぱずかしいのであの肝試しの日以来「エリー」呼びをやめたハリーノは、ローブのポケットからハンカチを取り出して地べたに敷くと、エスペリアにそこに座るように促して、自分もその隣に腰を下ろす。一見モテ男がするようなこの行動は、ハリーノの蔵書の中でも最も読み込んだ、「この一冊でキミもモテモテ! 女の子を胸キュンさせる男の作法」に書いてあった作法である。


「あ、ありがとう」

 そんな事など微塵も知らないエスペリアは、ハリーノの紳士的行動にまんまと胸キュンしながら、平静を装ってハンカチの上に座った。


 並んで湖畔を見つめる二人の頬を、優しく風が撫でる。二人は互いに何も言わずにただ湖畔を見つめていたが、その沈黙はとても心地よい沈黙であった。


 しばらくして、互いが溶け合ってしまいそうな沈黙が恥ずかしくなり、先に口を開いたのはエスペリアの方であった。

「ねぇ、ハリーノ」

 名を呼ばれたハリーノは、エスペリアの方に視線を向ける。

「あなた、わ、私のことが好きなの?」

 エスペリアからの突然の質問に驚いたハリーノは、次の瞬間頬を真っ赤に染めて視線を湖畔へと戻すと、しどろもどろになりながら言った。

「あの! 好き、というかなんというか、憧れているというか……」

「……憧れ?」

 本来嬉しいはずのその言葉が、どこかエスペリアの胸に引っかかる。


「はい、エスペリア様は勉強もできるし、魔法の実技も座学も完璧で、良家の生まれで、人気もあって、美人で、僕の憧れなんです」

 恥ずかしがりながらも、少し興奮した様子で語るハリーノは、いつの間にかエスペリアの呼び方が様付けに戻っていた。


「そんな、おやめなさい……」

 そう言ったエスペリアの表情がにわかに曇った事に、ハリーノは気付かない。そして更に言葉を続ける。


「謙遜しないで下さい。エスペリア様は完璧です。僕はこうしてエスペリア様といるだけで幸せで、もう死んでもいいというかなんというか……」

 ハリーノは徐々にテンションを上げながら、夢見心地でエスペリアがいかに素晴らしい女性かを語り続ける。


「やめてよ!」


 すると突然、エスペリアが叫んだ。

 ハリーノがエスペリアの方を見ると、エスペリアは涙目になりながらハリーノの方を睨みつけている。初めて見るエスペリアのそんな表情に、ハリーノは言葉が出てこなかった。


「憧れだなんて……あなたは私の事を何もわかっていませんわ!」

 そう言ってエスペリアは勢い良く立ち上がる。


「私は、私は確かに完璧に見えるかもしれない! でもそれは私が完璧に見えるように努力をしたからよ! 勉強して、魔法も練習して、容姿や立ち振る舞いに気を使って……」

 エスペリアの目から涙が溢れ落ちる。


「その努力をしたのは、誰でもないただのエスペリア! ただちょっと美人で、たまたま良家の生まれで、スタイルが良くて、努力家の十四歳の娘、それが私よ!」

 エスペリアは自慢だか自虐だかわからない事を口にして、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら更に叫び続けた。


「みんなにチヤホヤされて高飛車になって、プライドのために卑怯な手で魔闘に勝とうとしたりして、その結果返り討ちにされてゲロまみれになったりして、ヒステリーコロネなんて言われたりして、お風呂覗かれて激オコして、そんなどこにでもいる小娘が私よ! それを憧れだの完璧だのだなんて何よ! あなたは私の上っ面しか見ていませんのね!」

 そこまで叫び、エスペリアはローブの袖で豪快に鼻水を拭いた。泣きながら叫ぶエスペリアの目の周りは赤くなり、いつもの凛としたエスペリアは見る影もなく、まるでなんちゃってパンダのようになっている。


「これで幻滅したかしら!? 私が完璧じゃなかったら、こんな私を見ていたら、あなたはあの時私をデートに誘わなかったんでしょうね!」

 この時、ハリーノは完全に思考がフリーズして、ただポカンと口を開けて、エスペリアを眺めていた。このシチュエーションの対処法は、愛読書「キミモテ」にも書かれていなかったのだ。そして

 、そんなハリーノのリアクションが、昂ぶったエスペリアもといヒスペリアの神経を更に逆撫でする。


「もういいですわ! あなたが私を庇ってくれた時、私はあなたと一緒にいたいと思ったのに、一番本当の私を見て欲しい人の前でも完璧なエスペリアを演じ続けなきゃいけないなんてまっぴらゴメンですわ!」

 そして、叫びすぎて喉が痛くなったエスペリアは、「ゲッホ」と豪快に咳をすると、杖にまたがり猛スピードで上空に舞い上がる。そして女子寮の方へとすっ飛んで行ってしまった。


 後には哀れなハリーノだけが残された。

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