ニパとマリーナのお泊まり会6

「でも、もしあの二人が付き合ってたらどうしよう……」

 マリーナは不安げな表情を浮かべ、天井を見上げる。

「その時は略奪愛だよ! トロンさんには私もお世話になったけど、恋にはルールも情けも無いんだよ!」

 ニパは力強く語るが、これはプレグの持っていた恋愛小説の受け売りである。

「えー、そんな事できないよぉ」

「そんな弱気でどうするの! 乙女にとって恋愛ってのは何よりも優先されるものなんだよ!」

「うー……ニパちゃんは強いなぁ」

「そりゃそうだよ。私は恋の酸いも甘いも経験してるんだからね!」

 とか言いつつ、ニパはシムに恋人がいると知ったとき、あっさり諦めてプレグに泣きついたのであった。


「じ、じゃあ、ニパちゃん。あの、こんな事聞くの変かもしれないけど、キスとかした事あるの?」

「え?」

 突然の突っ込んだ質問に、ニパは本日二度目のフリーズをする。そして。

「あ、あるよ」


 嘘を付いた。

 いや、正確には嘘ではない。ニパは以前、酔っ払ったプレグにキスされた事がある。あの時はファーストキスを奪われたショックで、ぐーすか寝こけるプレグの横で泣いたものだ。


 マリーナは少しだけ目を輝かせる。

「ど、どんな感じなの?」

 興味深そうなマリーナの目を見て、ニパの目がスイスイ泳ぐ。

「えっとー、その、く、臭いかな」

 そう、あの時のプレグのキスは酒臭かったのだ。

「く、臭いの!? キスって臭いの!?」

「そう、だよ。なんかこうムワァって感じだよ」

 ニパの言葉にマリーナは大層ショックを受けたようで、つい今までキラキラしていた目が、今は少しどんよりしていた。


「そっかぁ……じゃあ、あんまりしたくないなぁ。ムチャさんのキスも臭いのかな」

「そ、それはわからないけど。私もキスってのはもっと甘酸っぱいものだと思ってたからショックだったよね」

「そっかぁ……確かに男の子って汗臭い時あるもんね」


 マリーナはどうやら臭いのベクトルを勘違いしているようだ。そして、ふと思いついたように言った。


「じゃあ、女の子同士のキスだったらどうなのかな?」

「え?」

「男の子のキスは臭くても、女の子とのキスなら臭くないかも」

 違うぞマリーナ、女同士のキスが臭かったのだ。いや、プレグのキスが臭かったのだ。更に言うと、酒を飲んだプレグのキスが酒臭かったのだ。


「さ、さぁ。それはどうかなぁ」

 マリーナの視線はジッとニパの唇に向けられている。そしてよくよく見ると、いつも白いマリーナの顔は、結構赤ーくなっていた。

 そう、さっきから割とマリーナらしくないぶっ込んだ話をしてくると思ったら、実はマリーナは先程のワインで結構酔っていたのだ。


「ま、マリーナ?」

「何?」

「いや、そんなに見られたら恥ずかしいなぁって……」

「ねぇ、私、臭いキスがファーストキスってやだなぁ」

「そ、そりゃそうだよね」


 何かを察したニパの顔に、マリーナの顔がグッと近づく。

「ニパちゃんはいつもいい匂いするよね」

 マリーナはヒクヒクと鼻を動かしてニパの首元の匂いを嗅いだ。マリーナの鼻息が当たり、ニパの背筋がゾクゾクとする。

「そ、そんな事無いよ! 私ウルフマンのハーフだから獣臭いよ! ほら、プレグと一緒にいるから香水の匂いがうつったのかも!」


 ニパはマリーナから体を離そうとしたが、いつのまにかマリーナはニパのパジャマをぎゅっと掴んでいた。

「ねぇ、ニパちゃん」

「マリーナ、ダメ、たぶんダメな事しようとしてるゆ!」


 マリーナの顔が、更にニパに近づく。もはやほぼゼロ距離に近い。


「ニパちゃん……」

「ま、マリーナ……」


 二人の唇が今にも触れそうになったその時。


「……おぶっ」


 マリーナは突然手で口元を押さえた。


「マリーナ!?」

「気持ち悪い……」


 赤かったマリーナの顔が、急激に青くなり、目は涙目になりクワッと見開かれた。


「マリーナ! ここで吐くのはダメー!」


 その後、ニパがその身体能力を活かして、マリーナを抱えてトイレまで迅速に運んだため、マリーナの寝床は何とか汚れずに済んだ。


 翌朝マリーナは、昨夜の話を思い出して枕に顔を埋める事になるのだが、それはまた別のお話。


 果たしてマリーナの恋の蕾は真っ赤な恋の花が咲くのであろうか、それとも咲かずに散るのであろうか。それとも白い花が咲くのであろうか……

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