ニパとマリーナのお泊まり会4

 それは先日行われた、テキム学園とのフェアリーボールの試合の数日前の事だった。


 ムチャの考えた作戦により、それまで補欠だったにも関わらず、いきなり大事な試合のキーマンを任される事になったマリーナは、数日後に試合を控えて、そのプレッシャーに押し潰されそうになっていた。


「はぁ〜、やっぱり私には無理だよぉ……参謀達に言って作戦変えてもらおうかなぁ」


 そう思いつつも、真面目なマリーナは自主的に朝練をするために、早朝に部室へと向かう。

 マリーナがうな垂れながら部室のドアを開けると、中には作戦ノートと選手表を見比べているムチャがいた。

「おう、マリーナおはよう!」


 マリーナに気付いたムチャは、作戦ノートから顔を上げて爽やかに挨拶をする。マリーナは、まさかこんな早朝にムチャが部室にいるとは思わずに驚いた。


「さ、参謀一号先輩。早いですね」

「まぁな、ちょっとフォーメーションとか見直したかったから」


 そう言ったムチャの目には、くっきりとクマが浮かんでいる。そんなムチャを見て、気の弱いマリーナは作戦を辞退したいとは言い出せなかった。


 マリーナが女子更衣室に入ろうとすると、ムチャがその背中に声をかける。


「何かあったのか?」

「え?」

「何か、元気無さそうだからさ」


 マリーナは作戦を辞退したがっている心中を見透かされたのかと思い、思わずドキリとした。


「そ、そんな事無いですよ」

「ん、それならいいんだ」


 そう言ってムチャは再び作戦ノートと睨めっこを始めた。真剣な表情でノートを見るムチャに、マリーナは問いかける。


「参謀、参謀は何でそんなに一生懸命にやってくれるんですか? フェアリーボール部の部員じゃないのに」


 それを聞いて、ムチャは再びノートから顔を上げる。そして首を傾げた。


「何で? うーん……何でだろうな。確かに俺は部員じゃないけど、やると決めたら何でも一生懸命にやった方が楽しいからかな」

「で、でも、一生懸命やって失敗したら悲しいですよね」

「うん。まぁ、確かにな。俺さ、この学園に来る前、旅芸人をしてたんだよ」

「知ってます。参謀2号先輩とコンビなんですよね」

「そうそう。いつもさ、一生懸命ネタ考えてお笑いやるんだけど、まぁ〜しょっちゅうスベるんだよな」

「じゃあ、しょっちゅう悲しいじゃないですか」

「そうなんだよ、しょっちゅう悲しい思いするんだよ」

「それなら、何で一生懸命するんですか?」

「それはな、自己満足のためだ!」


 マリーナはムチャの言葉に拍子抜けする。


「じ、自己満足ですかぁ?」

「そうだ! 自己満足だ!」

「それでいいんですか?」

「知らん!」

「えぇ!?」

「自分が満足しているネタでスベる事もあるし、逆に自分ではイマイチだと思ったネタでウケる事もある。でも、一番いいのは自分もお客も満足できる事だ。それならまず俺は自分を満足させて、後はそれから考える! 自分を満足させるには一生懸命やった方が満足できるから、俺は一生懸命やる! そんだけだ!」


 マリーナはムチャの無茶な理論に口をポカンと開けていた。しかし、その後ムチャが口にした言葉は、マリーナの胸を貫いた。


「一生懸命やった後の悲しみなんて、んだ。だって、自分で背負えるんだからな」


 その時マリーナは気付いた。

 自分は失敗して恥をかくこと、みんなに迷惑をかける事を恐れているのではない。そんな自分を背負う事を恐れているのだと。


「マリーナ、どうしても失敗するのが怖かったら、失敗したら全部俺のせいにしちまえばいいよ。参謀が無茶な作戦立てるから! ってな。俺も我ながら無茶な作戦だなぁって思うしさ」


 ムチャはそう言って笑みを浮かべる。その笑顔を見て、マリーナは胸がカァッと熱くなるのを感じた。

 ムチャにはマリーナの不安がまるっとお見通しだったのだ。


 その日から、マリーナはより一層練習に力を入れるようになった。自分で自分を背負えるようになろうと。たとえ失敗しても、自分の「一生懸命」に胸を張れるように頑張ろう、と。


 そして練習の結果、口からも水魔法が放てるようになった。

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