クリバー学園の怪談14

「誰!?」

 ハリーノが叫んだ瞬間、目を光らせた何者かは床を蹴って目にも留まらぬ速さで二人に向かって駆け出した。その速さに驚きつつも、二人は咄嗟に杖を構える。すると何者かは跳躍して壁を蹴り、エスペリアへと襲いかかる。

 予想外の動きに反応が遅れたエスペリアに、何者かが空中で振りかぶった腕が振り下ろされた。

「きゃあ!」

 エスペリアが思わず目を閉じたその時である。

「危ない!」

 ハリーノがエスペリアの前に飛び出した。


 バキッ


 何者かの腕がハリーノの顔面を強く打った。ハリーノはエスペリアを庇ったのだ。ハリーノは吹っ飛ばされ、廊下の壁に体を叩きつけられる。

「ハリーノ!」

 エスペリアが何者かに杖を振り下ろすが、まるで動物のような動きでヒラリとと躱された。何者かが再びエスペリアに襲いかかろうとすると、体勢を立て直したハリーノがエスペリアの腕を引き、目の前にあった教室の中へと駆け込む。そして素早く扉を閉めて鍵をかけた。


 ドンドンドンドンドンドン


 廊下側からは扉を強く叩く音が聞こえる。

 二人が扉を押さえて息を殺していると、やがて扉を叩く音が止まり、しばらくして扉の前から何者かの気配も消えた。

 危機が去り、ハリーノとエスペリアはホッと胸をなでおろす。

「な、なんですのアレ……」

 エスペリアは大きく息を吐き、ペタンと床に座り込む。

「わかりません。暗かったし、動きがあまりに速すぎてよく見えませんでした」

 ハリーノもエスペリアの隣に腰を下ろした。

「あれ、幽霊じゃありませんわよね?」

「幽霊というよりは獣のようでしたね。魔物でしょうか?」

「それは無いと思いますわ。校舎には魔物除けの結界が張られていますし」

「じゃあ、あれはいったい……」


 エスペリアが考え込んでしまったハリーノの方を見ると、窓から差し込む月明かりに照らされたハリーノの顔は、赤く腫れていた。

「あなた、その顔」

 エスペリアに言われ、ハリーノは今気付いたかのように、自らの右頬に触れる。

「あれ? うわっ、凄い腫れてる!」

 その顔の腫れは、エスペリアを庇って殴られたためにできたものであった。

「痛いと思ったらこんなに腫れてたのか。エリーは……じゃなくて、エスペリアは大丈夫でしたか?」

 右頬を真っ赤に腫らしながらも、ハリーノは事も無げに言った。


 チクリ


 それは突然の事であった。

 顔を腫らしたハリーノがエスペリアの方を見た時、エスペリアの胸を何か細い針のようなものが突いた。胸とは乳の事では無い、ハートの方だ。

 月明かりに照らされたハリーノは、エスペリアに髪を燃やされてチリチリパーマになっており、右頬は赤く腫れて酷い見た目である。

 しかし、エスペリアの目にはなぜかそんなハリーノが少しだけかっこよく見えてしまったのだ。

「エスペリア?」

 どうやらエスペリアは一瞬ぼーっとしていたようだ。エスペリアに見つめられ、ハリーノは少し恥ずかしげな表情を浮かべている。

 エスペリアは胸を突く針を慌ててはたき落とし、ハリーノの頬にそっと触れた。

「え!?」

 ハリーノは驚き、後ずさろうとする。

「動かないで」

 エスペリアはハリーノの頬に触れる手に魔力を込めて、治癒魔法をかけ始めた。

「言っておきますけど、あまり治癒魔法は得意じゃありませんから、少し痛いかもしれませんわ」

「い、いえ、ありがとうございます」

「それから……」

 エスペリアは一瞬口ごもり、小さな声で呟いた。

「エリーでいいわよ」

「え?」

「庇ってくれて、ありがとう」

 エスペリアの頬は、ハリーノの腫れた頬よりも赤くなっていたのだが、本人はそれに気付いていなかった。ハリーノもそっぽを向き、それに気付かないフリをした。

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