奴はどこでもやって来る

 バッサバッサ……

 バッサバッサ……


 この羽音に聞き覚えがある者はいるであろうか。

 ある日の真夜中、クリバー学園上空を旋回する一つの影があった。

 影の正体である、コウモリを思わせる漆黒の翼を背に生やした少女は、クリバー学園中等部第一男子寮の上空に来ると、寮から漂う思春期男子の気配に舌舐めずりをしながら、いかんいかんと首を振り、一つの窓に狙いを定める。そしてその窓の外に滞空すると、解錠の呪文で窓の鍵を開けた。

 そして翼を畳み、窓を開けて部屋の中に侵入する。

 少女は部屋に三つ並べられたベッドを見比べると、ソロソロと真ん中のベッドに歩を進めた。

 そのベッドには間抜けな面でヨダレを垂らして眠っている少年がいる。少女は少年の頭に手を添えると、ブツブツと呪文を唱え、少年の夢の中に侵入した。


 メェ〜


 ムチャはどこからか聞こえる羊の鳴き声で目を覚ました。

「ん……ここは……?」

 辺りを見渡すと、そこは一面の草原が広がっており、少し離れた所では羊達が戯れているのが見えた。ムチャはその草原のど真ん中で寝転がっていたようだ。

「またお前か」

 ムチャが振り返ると、そこにはぴっちりとした黒い下着のような水着のような服を身につけた少女が立っていた。

「どうもどうも、寂しい夜に一筋の光を。エリートサキュバス見習いのケセラです」

「やっぱり!」

 彼女の名はケセラ。

 ムチャとトロンのちょっとした知り合いである、エリートサキュバス見習いという謎の肩書きを持つサキュバスの少女である。

「いやー、久しぶりですね。今日はトロンさんと一緒に寝てないんですね」

「毎晩一緒に寝てるみたいな言い方やめろ! 寮が違うんだから仕方ないだろ」

「色々溜まってるんじゃありませんか?」

「ど直球だな!」

「宿題とか」

「毎日ちゃんとやってるよ!」

「それはお盛んですね。手伝いましょうか?」

「宿題の話だよな!?」

「それはともかく、なんで学校なんかにいるんですか?」

 ムチャはカクカクシカジカと、クリバー学園に滞在している理由を説明した。

「はぁー、なるほど。相変わらずお忙しいんですね。夜も」

「夜もは余計だよ!」

「沢山の同年代の女の子に囲まれてもう辛抱たまらんのじゃないですか?」

「俺は発情期のゴブリンか!」

「思春期の男の子なんてそんなもんですよー。あらー、また女の子の知り合い増やしちゃって。トロンさんがヤキモチ妬きますよ」

 サキュバスであるケセラには、ムチャの女性関係を知る能力があるのだ。

「お前その能力使うの止めろ! ただの同級生だからな!」

「その割には裸まで見てるじゃないですかぁ」

「そんなことまでわかるのかよ!? それは、その、男の友情というかなんというか……」

「はぁー、この子なんてスタイルいいですねぇ」


 ポワン


 ケセラの全身をピンク色の煙が包んだかと思うと、ケセラの姿がエスペリアへと変身した。

 服装はケセラのままで、メリハリのあるエスペリアの姿に変身しているため、ぴっちり感が更に増し、あちこち危うい事になっている。

「だからやーめーろって! そいつは確かにスタイルいいけど性格がキツいんだよ!」

「そうですか、じゃあ、この子はどうですか?」


 ポワン


 ケセラは続いてリャンピンに変身した。

 サキュバススタイルの服装から伸びるリャンピンの白く綺麗な脚がムチャの目に痛い。ケセラがクルリと振り向くと、キュッと引き締まったお尻が更にムチャの目を焼いた。

「あー! ダメダメ! 全く、けしからん! けしからんぞ!」

 ムチャは顔を手で覆いながらも、指の隙間からガッツリリャンピンのおみ足を拝見していた。

「あ、意外とこの子が趣味だったりして」


 ポワン


 更にケセラはマリーナへと変身する。

 マリーナの体は、半魚人に相応しく太刀魚のように細く、薄かった。しかし、白魚のように透き通った肌は美しく、いずれはカンパチのように脂の乗った出世ボディになるかもしれない。頑張れ、マリーナ。

「へぇー、後輩の女の子に参謀って呼ばせているんですね。マニアックですねぇ」

「それは成り行きだ!」

「参謀、夜の突撃作戦を御指導願います……」

「マリーナは絶対そんな事言わねぇ!」

 ケセラはその後、数名のクラスメイト達に変身し、元の姿へと戻った。

「はぁ、最近の学生はスタイルが良いですねぇ」

「それはともかく、何か用事で来たのか? それとも俺の息子を煽りに来たのか?」

 ムチャが問うと、ケセラはハッとして、少し寂しげな表情を浮かべる。

 そしてポツリと言った。


「私、ムチャさん達にお別れを言いに来たんです」


「へ?」

 それはあまりに突然すぎる言葉であった。

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