入寮・トロンの場合

 その頃トロンは、寮母に部屋へと案内されて、ベッドの上で寛いでいた。


 部屋は八畳程の個室で、室内には勉強机と、木製の高価そうな家具と、ふかふかのベッドが置いてあり、壁紙は目に優しいクリーム色で、そこはまるでお嬢様の暮らす部屋のようである。

 部屋に来るまでに通ってきた場所も、廊下や階段まで貴族のお屋敷や神殿を思わせる美しい内装であった。


「凄いねぇムチャ」

 そう言ってからトロンは、隣にムチャがいない事に気付いた。

 そう、これからトロンはこの部屋で一人で寝起きせねばならないのだ。部屋は綺麗であったけど、トロンは少し寂しさを覚えた。


 コンコン


 トロンの部屋のドアを、何者かがノックした。

 トロンが「はーい」と返事をすると、扉が開き、髪を二つダンゴにした活発そうな少女が顔を覗かせる。

「やっほ! 新人さん」

 少女は部屋に入ると、トロンにニコリと微笑みかけた。トロンも少女にペコリと頭を下げる。

「寮母さんから寮内を案内するように言われてるんだけど、行こうよ」

 トロンはベッドから立ち上がり、少女と一緒に部屋を出た。


「この寮綺麗でしょ、何年か前に建て替えたんだよね。だからピカピカなの! あ、私はリャンピン、武術学科の二年生だよ。宜しくね」

 リャンピンは歩きながら自己紹介をし、トロンと握手を交わした。

「私はトロン。魔法学科」

「だよねー、部屋に大きい杖あったし。この寮武術学科の女子少ないんだよねぇ。あ、ここがトイレね」


 トロンはリャンピンに案内され、ひと通り寮内を歩き回った。食堂や浴場、カフェやミーティングルームや運動施設を見て、最後にテラスに立ち寄る。

「ここはテラス。みんなでお茶を飲んだりする所なんだけど、あんまり近づかない方がいいかも」

「どうして?」

「いやぁ、いつもイヤな奴らがここに溜まって……」

 リャンピンがそう言った時、二人の背後に複数の人影が現れた。

「誰がイヤな奴らですって?」

 二人が振り返ると、そこには金髪の長い髪をクルクルとカールさせたいかにもお金持ちっぽい少女と、その取り巻きのような少女達が立っていた。

「リャンピン。武術学科の生徒は汗臭いからテラスには近寄らないように言いましたわよね?」

「でたよ……。何で私があんたの言う事聞かなきゃならないのよ!」

 リャンピンは金髪の少女に向き直り、キッと顔を睨みつけた。

「この寮がこんなに立派なのは、私の父上が私の入学に合わせて学園に多額の寄付をしたからですわ。私に文句があるのなら、この寮から出て行ったらよろしいのですわ」

「そういうの親の七光りって言うのよ! いつも偉そうにしちゃって!」

 リャンピンと金髪の少女の間にバチバチと火花が散る。


 すると、その間に割って入る人物がいた。

 トロンである。

 トロンは二人の顔を見て、こう言った。

「テラスでみんなでお茶を飲むと……おいティー」

 火花を散らしていた二人の頭上にハテナマークが浮かんだ。

「一人で飲むと……さみティー」

 どうやらトロンは仲良くしろと言いたいらしい。

 あまりの空気の寒暖差に、金髪少女の取り巻きの一人が小さく噴き出す。金髪少女は彼女をキッと睨みつけた。

 そしてトロンを見る。

「あなた、今日入寮してきた転入生ね?」

 トロンはコクリと頷く。

「私は魔法学科二年のエスペリア。あなたは確か魔法学科でしたわよね? それならリャンピンとはあまりお付き合いしない方がいいわよ。その方がこの寮では楽しく過ごせるわ。さぁ、一緒にお茶でもいかが?」

 それを聞いてトロンは即答した。

「やだ」

 トロンの言葉にエスペリアは一瞬驚いた顔をし、スッと目を細める。

「そう、ならばご自由に。ただ、あまりこの寮で調子に乗らない事ね……さもないと」

 エスペリアは胸の前に手を差し出し、手のひらを上に向けて、魔力を集中させる。すると、エスペリアの手の上に炎の球が生まれた。

「痛い目に合うこともあるやもしれませんわよ」

 そう言ってエスペリアは微笑んだ。しかしその目は笑ってはいない。


 出たわ、エスペリア様の炎の魔法

 なんて鮮やかなのかしら……

 見て、あの転校生おビビりあそばせよ


 取り巻き達が感嘆の声を上げる。

 それを見たトロンも、エスペリアの真似をして手のひらを上に向け、魔力を集中させた。すると……


 ブボァ!!


 トロンの手のひらから大きな火柱が昇り、天井まで達する。

「あっ」

 火柱はウネウネと暴れまわり、壁や床、そしてエスペリアやリャンピンの髪を焦がした。

「うわっちゃっちゃっちゃ!!」

「いやぁぁぁぁあー!! 何やってるのよあなた!? 消火! 消火!」

 エスペリアの手から水が放水され、天井に燃え移った火は消火される。リャンピンは素手で床や壁に燃え移った火を消した。

 トロンは大きな魔力を持っているが、その魔力が大きすぎるために杖が無ければそれをうまくコントロールできないのだ。よってプレグやエスペリアのように素手で魔法を使うと、このような事になってしまう。


「あなた頭おかしいんですの!?」

「ごめんね」

「ごめんねじゃありませんわ! 覚えてらっしゃい!」

 エスペリアはそう言うと、取り巻き達と一緒に逃げるようにその場を去って行った。

 後にはトロンと、前髪をチリチリに焦がしたリャンピンが残される。

「あははは! エスペリアのあんな顔初めて見たよ」

 リャンピンは前髪を焦がされたにも関わらず、お腹を抱えて笑った。

「髪、ごめんね」

「いいよ、ちょうど切ろうと思っていたから。それより、トロンって面白いね。改めて宜しく!」

 リャンピンとトロンは再び握手を交わす。

 こうして、トロンにも友達ができた。が、その代わりに寮生の大半を敵に回す事になったのであった。

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