ムチャとトロンの暇つぶし3

 トロスの魔の手がチャムに伸びようとしたその時である。


 バカラバカラバカラバカラ


 二人が乗っている馬車を追うように、複数の馬が後方から接近してくる音が聞こえた。馬の足音はあっという間に馬車を追い越し、馬車の前方へと回り込む。すると二人が乗る馬車は急ブレーキをかけて止まる。トロスはつんのめり、チャムの胸元に飛び込んだ。

「そこの馬車、悪いが荷台を見せてもらう」

 馬車の前方から聞こえてくる声に、二人は聞き覚えがあった。それは先日アレルの街で、闘技場に現れた暗殺者達のリーダーの声であった。

「あの人達だ」

 トロスは杖を手に取ろうと腕を伸ばす。しかし、その手をチャムの腕が止めた。そして自らの剣とトロスの杖を、荷台に乗せてあった布で隠す。

「ムチャ?」

「大丈夫だ。動くなよ」

 チャムはそう言うと、トロスの手を恋人のように指を絡めて握り、トロスの肩に頭を預けて寄り添う。すると、荷台の天幕が開き、黒尽くめの男が中を覗き込んだ。

「む、貴様らは……」

 男はチャムとトロスの顔を覗き込み、手にした紙へと視線を移す。そして首をかしげた。

「リーダー、子供二人がいますが別人です」

「よく探せ、他に隠れていそうな場所は無いか?」

「いえ、特には」

 黒尽くめのリーダーも荷台を覗き込み、中をキョロキョロと見渡した。しかし、荷台には二人の荷物と食料以外には何も載っていない。

「ねぇ、おじいちゃん、何かあったの?」

 チャムが完璧な女声で荷台に座る御者に声をかける。

「い、いいや、チャム。何も無いよ」

 御者も荷台にいる二人の会話を聞いていたのか、見事なファインプレーで返した。

 すると、黒尽くめリーダーは寄り添うチャムとトロスをジッと見つめて言った。

「チッ、やはりこちらの方には来ていないか……お前ら、あんまり若いうちからいちゃいちゃしてるとあれだぞ、なんか、あれだぞ、バカになるぞ」

「「はーい」」

 二人が声を揃えて返事をすると、リーダーは「これだから最近の若い奴らは」と言って天幕を閉め、黒尽くめ達と一緒に馬に跨り、馬車の後方へと去って行った。

「おっさん、話し合わせてくれてありがとう」

 チャムがトロスの肩から頭を上げて言うと、御者は女の子になったムチャに一瞬ギョッとし、グッと親指を立てた。

「トロン、もう大丈夫だぞ」

 チャムはぴったりと寄り添っているトロスの方を見た。すると、トロスは頬を赤らめて、チャムの顔をジーッと見つめている。


 ギュム


 トロスは絡めた指を更に強く握り締めた。

「トロン?」

 そしてクンクンと鼻を動かす。

「ムチャ、いい匂いがする」

 二人の危機は去ったが、チャムは更なる危機に晒されていた。

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