ムチャとトロンの暇つぶし4

 トロスの目に映るのは、チャムのプルンとした薄い桜色の唇、そして僅かに潤んだ瞳、柔らかそうな頬である。

 トロスに見つめられ、チャムの頬は赤みを増した。トロスは空いた右手で、チャムの頬をムニムニと摘む。

「柔らかい……」

「ひょ、ヒョロン」

 そしてトロスのいけない右手はチャムの耳へと伸びる。

「ひゃん!」

 トロスに耳を弄られ、チャムの口から漏れる声は、チャム自身も驚く程に色っぽかった。

「あ……トロン、もうそろそろ……」

「もうちょっとだけ」

 チャムはトロスを押しのけるのも気が引けて、顔を撫で回されるがままになっている。なんだかゾワゾワしたが、それはそんなに悪い気分では無かった。

 ただ、トロスの目が血走っているように見えて怖かった。

「あ……」

 いつの間にかトロスの手はチャムの首まで下りてきていた。トロスはさわさわとチャムのうなじをさすり、猫をじゃらすかのように首元を撫でる。

「はふ……」

 チャムの口から吐息のような声が漏れる。

 そしてトロスの手がチャムの鎖骨を撫で回し、胸元に伸びようとした時、チャムの手がトロスの手を掴んだ。

「トロン……それ以上はダメだ」

 チャムの目から一筋の涙が伝った。

「あれ? 俺、何でだろう……」

 それを見てトロスはハッとする。

「あ、私……私、ごめんムチャ!」

 トロスは慌ててローブのポケットからハンカチを取り出し、チャムの涙を拭いた。

「どうしよう、どうしよう」

 チャムの涙を見たトロスは、先程とは違い、急にアワアワとし始める。男とは女の涙に弱いのだ。

「いや、大丈夫! 大丈夫大丈夫!」

 アワアワとするトロスを見て、チャムもアワアワとし始めた。馬車の荷台はアワアワ祭りになった。


 しばらくして落ち着いた二人は、念のために少し離れて座っていた。

「トロン、女の子って大変だな」

「ムチャ、男の子って大変だね」

 二人はモジモジとしながら呟く。

 特にトロスは先程の醜態を思い出し、顔を真っ赤にしていた。

「なんか不思議だね。凄く不思議。ムチャはいつも私がああいう風に見えてたんだね。なんかごめんね」

「いやいやいやいや、トロンは相方だし、妹みたいなもんだから! 何とも思ってないから大丈夫だ!」

「ううん、いいの、本当にごめんね。もう同じ部屋で着替えたりしないから」

「だから、違う! 違うってば! トロンはほら、俺と違ってそんなに胸もないし……」

 トロスがスッと右の手のひらを振り上げた。

「ひいっ!」

 ビクッと怯えたチャムを見て、トロスは右手を下ろす。

「そっか、男の子が女の子に手をあげるのはダメだよね」

「いや、女から男に暴力もダメだろ! そもそもトロンのビンタは下手な男よりも……」

「だから、元に戻ってからビンタするね」

「おい、人の話を聞いてるのかよ!?」

 チャムが身を乗り出すと、トロスは何かに気付いたかのように、手で自分の目を隠した。

「ん? どうした?」

「ムチャ、見えてる」

 トロスからは、前のめりになったチャムの胸元が丸見えになっていたのだ。

「ほほう、トロンもようやく男の振る舞いというのがわかってきたようだな」

「うん、男の子は紳士じゃなきゃいけないし、女の子は慎ましくしていなきゃいけないんだね」

「ほれほれ、どうだトロン? 羨ましいか?」

 学習しない女男チャムは、シャツの首元を引っ張り、更に大胆に胸元を見せつけた。

「ムチャ、怒るよ」

 トロスは低い声でそう言ったが、手を出さないのを見て調子にのったチャムは、頑なに見ようとしないトロスに近付き、腕に胸をムギュッと押し付ける。

「ほれほれー」


 プツン


 トロスの中で何かが切れた。

 そしてトロスはチャムを押し倒すと、思う存分にチャムの胸を揉みしだく。

「あ! やめろトロン! ダメー!」

 チャムはまた泣いた。

 トロスはまたアワアワした。

 以下、似たようなやり取りを繰り返す。


 そして三時間が経過した。

「そろそろか……」

 チャムはトロスに揉みしだかれ、赤くなった胸をさすりながら呟く。

「だね」

 トロスは魔法の縄で、自らの手足を縛っていた。

 再びプツンが起これば、今度は只事では済まないと思ったのだ。

 しかし、二人が元に戻る様子は一向に無い。

「おかしいなぁー」

 チャムは再びビンを取り出し、ラベルに書いてある説明書きを見る。

「ん?」

 説明書きを見たチャムはゴシゴシと目をこすり、何度もラベルに書かれている文字を読み直した。

 そしてあんぐりと口を開けた。

「どしたの?」

 トロスがたずねると、チャムは無言でビンのラベルをトロスに見せる。そこにはこう書かれていた。


 一錠で一時間、二錠で三日間


 トロスもあんぐりと口を開けた。

「ムチャのバカ!」

「だっておかしいだろ!! 一時間の次は三日って!!」

「トイレ行きたかったのに!」

「えぇ!?」


 それからの三日間、二人は互いに男女の大変さを存分に学んだのであった。おかげで退屈はせずにすんだとかすまなかったとか。

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