もう一つの旅立ち
ムチャとトロンが旅立ったのと同時刻、アレルの街の宿屋の前では、旅支度を終えたナップがアルバトロスに荷物を載せていた。その姿をフロナディアがあれこれ言いながら見守っている。
「ナップ様、ハンカチは持ちましたか? チリ紙は? 食料と水は十分でしょうか?」
「フロナディア様! 私は子供では無いのだから大丈夫です!」
「でも、ナップ様の事が心配で……」
「私はフロナディア様が一人でケルナまで帰れるかが心配ですよ。やっぱり送りましょうか?」
「いいえ、私は大丈夫です! ナップ様こそ私を子供扱いしないでくださいまし」
「しかし……」
「大丈夫と言ったら大丈夫です!」
そう言ってフロナディアは頬を膨らませた。
そしてニッコリと笑う。
「ナップ様がいなくても、私はもう十分に強くなりましたから」
その笑顔は力強い笑みであったが、どこか寂しげに見えた。
「これからどこへ向かわれるのですか?」
フロナディアはナップに問いかける。
「そうですね、修行をしながら南の方へ向かいたいと考えております。今度こそはあの少年を倒し、巫女様を寺院に連れ帰れるように」
「そうですか……また、会いに来てくださいますよね」
「えぇ、使命を終えれば必ず」
「もし良ければ、お手紙を出してくださいまし」
「もちろんです」
ナップもフロナディアにぎこちない笑顔を返す。そしてフロナディアに右手を差し出し、握手を交わした。
「ナップ様、どうかお元気で」
「フロナディア様も、どうかお元気で」
二人が見つめ合っていると、二人の上空を巨大なタンポポの綿毛が飛んで行った。その綿毛を見送ると、ナップは「そろそろ行きます」と言ってアルバトロスに跨る。
「お元気で」
ナップは馬上から振り返り、もう一度言った。
フロナディアは頷き、ナップに手を振る。
ナップがアルバトロスの腹を足で軽く叩くと、アルバトロスは嘶いて歩き出した。
そしてゆっくりと遠ざかってゆく。
フロナディアは、笑顔を作ったままナップの背中が見えなくなるまで見送った。そしてナップの背が見えなくなると、宿の中に入り、自分の部屋に駆け込む。
「笑顔で見送ると……決めていましたから」
誰に言うでもなく呟いたフロナディアの目からは、大粒の涙が流れていた。
その時、フロナディアは机の上に一枚の便箋が置かれている事に気付いた。
フロナディアが涙を拭いながらその便箋を手に取ると、便箋にはナップの文字でこう書かれていた。
フロナディア様へ。
あなたがこの手紙を読んでいる頃には、私はもう旅立っている事でしょう。
しかしどうか寂しく思わないでください。
あの時、フロナディア様のお気持ちを確かに受け取りました。
そのお返事を今させていただきます。
フロナディア様のお気持ち、この上なく嬉しく思いました。
しかし、あなたは自分が思っている以上に素敵な女性です。
私などよりもっと相応しい男性がいつか必ず目の前に現れるでしょう。
私はいつ使命を終えられるかわからぬ身です。
ですから、どうか私の事は忘れて幸せになってください。
あなたは強くなりました。あなたの強さはきっと大切な人達を守り通す事が出来るはずです。
フロナディア様、どうかお幸せに。
ナップより。
手紙はそこで終わっている。
ポタリ
便箋に涙が落ち、文字が滲む。
「ナップ様……あんまりです……」
手紙を読み終えたフロナディアはその場に座り込んだ。
フロナディアの恋は終わったのだ。
「忘れられるはずが……ないでしょう……!!」
そしてフロナディアは声をあげて泣きだした。
フロナディアの目からは涙がとめどなく溢れ、握りしめた便箋に染みを作り続ける。
「……ナップ様の嘘つき」
フロナディアがそう呟いた時である。
ドガッシャァァァァァァァン!!!!
宿屋の外から何かが突っ込んだような音が聞こえた。
フロナディアはハッとして、宿屋の外に出る。
そして音のした馬屋の方へ向かうと、そこにはアルバトロスから振り落とされて飼い葉桶に頭から突っ込んだナップと、馬屋の柵を破壊し、シャンデリアに頬ずりをするアルバトロスの姿があった。
「ナップ様! どうなさったのですか!?」
フロナディアが涙を拭いナップに駆け寄ると、ナップはひっくり返ったまま言った。
「どうやら……アルバトロスがシャンデリアと離れたくないようです……」
そして口に入った干し草をプッと吐き出す。
唖然としていたフロナディアの表情が徐々に笑顔に変わった。
「……では、私もシャンデリアとお供せねばなりませんね!!」
今度の笑みは、フロナディアの心からの笑みであった。
彼女の恋が、再び始まった瞬間である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます