ライブの日18

 それはものの五分くらいの出来事であった。

 荒れ狂うムチャとトロン一行にボッコボコにされた暗殺者達は蜘蛛の子を散らすように退散していった。


「でも、残念だったね」

 アタッチメントであるギャロの爪を外しながらポロロが言った。

「元はと言えばうちの娘を助けるためにライブができなかったようなものだ。本当に君達にはなんと言ったらいいのか……」

 二人に頭を下げたゴドラを見て、虚ろだったムチャとトロンの目に光が戻った。

「そうだよな。ライブはできなかったけど、ミモルや街の人達は助けられた。芸人にとっては客の安全が第一だ!」

「そうだね。当たり前の事をしただけだよ」

「君達……」

 ゴドラが頭を上げると、ムチャとトロンは小さく笑みを浮かべている。その笑みは少し寂しげであったが、微塵の後悔も見られなかった。


「あーあ、なんだか急にお笑いが見たくなったわね」

 突然カリンがそんな事を言い、観客席の最前列にどかっと腰を下ろす。

「そうだね。どこかに芸人はいないものかな」

 ソドルもカリンに習い観客席に腰掛ける。

「わ、私もお笑いが見たい気分だなぁ!」

 ソドルに続いてニパも観客席にちょこんと腰掛け、プレグの袖を引く。すると、皆何かを察したように次々と観客席に座った。


「お前ら……」

「みんな……」

 それを見たムチャとトロンの目に再び涙が浮かんだ。

「ケケケケ、客を笑わせる芸人が泣いてちゃ世話ねぇな。ポロロ、帰るぞ」

 ポロロはギャロの頭をスパンと叩いて観客席に座らせる。

「ったくよぉ! 今日は本当に忙しい日だな!」

「やりますか」

 そう言うと、ムチャとトロンは特設ステージに駆け上がった。

「ムチャとトロンの爆笑劇場! これより開演だ!」

「楽しんでいってねー」

 二人がネタを始めようとしたその時である。


 パッ


 パパパッ


 闘技場の照明が一斉につき、観客席の入り口からナップとフロナディアが現れた。

「あーっ! いた!」

「良かったですわ!」

 ナップは観客席の最前列まで駆けてくると、ムチャを指差して怒鳴る。

「何やら騒がしいから様子を見にきてみれば……ムチャよ! お前を病院に送ってからどれだけ時間が経ったと思ってる! おかげで私とフロナディア様は……」

「もうお嫁に行けませんわ……」

 どうやら二人が来るまでの繋ぎのステージは、ナップとフロナディアにトラウマを植え付けてしまう程滑り倒したらしい。

「悪い、色々あってな。これからネタやるから、ナップ達も見ていってくれよ」

「最前列はまだまだ空いてますよ」

 二人が言うと、ナップは更に怒鳴った。

「ネタを始めるのはちょっと待て! みんながお前らをどれだけ待ったと思っているんだ!」

「「みんな?」」

 二人が首をかしげると、観客席の入り口からゾロゾロと人々が入ってきた。


 あ、芸人コンビ!

 遅いぞ!

 何やってたんだよー!


 人々は次々と観客席に座り始め、三分の一程ではあるがあっという間に席が埋まった。

「え? え? どういう事!?」

 二人が戸惑っていると、観客達の後から、待ちくたびれて寝ているコランをおんぶしたマニラが入ってきた。

「あなた達遅いのよ!」

「「マニラ!?」」

 マニラは最前列まで歩いてくると、コランを背中から降ろしてカリンに渡した。

「あなた達があまりに遅いから、待ってくれているお客さん達に食堂で無料ディナーを振舞っていたのよ! 支配人の好意でね」

 そう、観客達は全員が帰ったわけでは無かったのだ。ナップとフロナディアのあまりの滑りっぷりに見兼ねた支配人が、休みだった食堂の従業員達をかき集めて、ムチャとトロンを待ってくれている人々の夕飯を用意させたのであった。

「そうだったのかぁ……」

「支配人ありがとう……会ったことないけど」

「いいえ、あなた達はもう会っているわよ」

「「え?」」

 二人が頭上にハテナマークを浮かべると、闘技場の入り口に小綺麗な格好をした中年の男が立っている事に気付いた。

「あ、あんたは!」

「係員……さん?」

 それはいつも二人を控室まで呼びにきていた係員であった。

「よう。俺が呼びに行かないからって遅行しやがって」

 係員は呆れたようにため息をつき、笑った。

「おっさんも見にきてくれたのか! ほら、いい席空いてるから座れよ」

「ちょっと! おっさんとか言わないの! あの方がアレル闘技場の支配人よ!」

「「えーっ!?」」

 ムチャとトロン、だけでなく、その場にいた闘技者全員が驚きの声をあげた。

「あの人、私がコランを産む前から闘技場にいたけど、ずっとただの係員だと思ってたわ……」

「僕もだよ……」

 カリンとイワナは顔を見合わせる。

「お、おっさん支配人なのになんで係員なんてやってるんだよ!?」

「言っただろ、誰よりも闘技者には詳しいって。係員をしていれば真近で闘技者達が見られるからな」

 それは納得のいく言葉では無かったが、要は彼は支配人でありながら闘技場マニアでもあったのだ。いや、闘技場マニアだからこそこの闘技場の支配人になったとも言える。

「俺は戦いを見るのも好きだが、お笑いにもうるさいぞ」

 係員、いや、支配人が観客席に腰を下ろすと、散々待たされた観客達が騒ぎ始めた。


 早く始めろよー!

 待ちくたびれたぞ!

 トロンちゃん結婚してくれ!


 当初の予定より観客達の数はずっと少なくなってしまったが、それは二人にとってこれまでで一番多くの観客達であった。

「照明!」

 マニラが叫ぶと、ステージ上の二人にスポットライトが当たる。

「音響!」

 今度は魔導スピーカーから、バンドをつけて収録されたムチャとトロンのテーマソングが流れ始める。

 二人は深呼吸をし、元気よく声をあげた。


「どうも、ムチャです!」

「トロンです」

「お待たせしてしまって申し訳ない!」

「では早速ネタの方始めさせていただきたいと思います」

「まずはショートコントから! ショートコント、エンシェントホーリーフレイムドラゴン!」


 その日、アレル闘技場には深夜まで笑い声が響いた。そして二人の単独ライブは、結果的にはややウケで幕を閉じたのであった。

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