ライブの日17
闘技場へと到着したムチャとトロンは肩で息をしながら、この約二か月の間でもう何度も出入りした建物を見上げた。
「やっと、やっとだな」
「うん」
二人は裏口には回らず、正面入り口から闘技場へと入る。そして真っ直ぐに通路を抜け、観客席へと繋がる扉を勢い良く開けた。
そしてそこに広がっている光景を見た二人はピタリと立ち止まった。
観客席には、誰もいなかった。
リングの上には無人の特設ステージが虚しく建っていて、照明は既に落とされている。
二人はよたよたと、特設ステージの前まで歩みを進めた。
ステージに掛けられている看板には、「ムチャとトロン、爆笑単独ライブ!」とデカデカと書かれている。
それを見た二人の目にジワリと涙が浮かんだ。
「ちくしょう……」
呟いたムチャ目から涙が溢れ、頬を伝う。
「そんなぁ……」
隣に立つトロンの目からもポロポロと涙が溢れた。
「遅かったか」
ゴドラが二人の肩に手を乗せると、二人はその場にペタンと座り込んだ。
「うっ……ぐぅ……」
「うう……」
二人の目からは涙がとめどなく溢れ、やがて二人は幼い子供のように泣き始めた。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁん」」
それを見つめる一同の顔には一様に哀れみの表情が浮かんでいる。人形であるギャロですら、どこかやりきれない表情を浮かべているように見えた。
「頑張ったのに……」
「あんなに練習したのに……」
二人はわんわんと声をあげて泣き続ける。
その泣き声は無人の観客席に虚しく響き続けた。
その時、観客席の陰で何かが動いた。
サザッ
ザザザザッ
動く気配は徐々に増え、やがて観客席の陰から何者かが一斉に飛び出してくる。
それはかつて、二人がコペン幻想劇団で前座をしていた時にトロンを暗殺しにきた黒尽めの集団であった。
「くくく、追われる身の分際でライブなどわざわざ目立つ事を開催するとは愚かなり、巫女のなり損ないと誘拐犯よ」
黒尽くめのリーダーらしき男がそう言うと、黒尽くめの集団はムチャとトロンとその一団をグルリと取り囲む。暗殺者達の人数は前回の襲撃とは比べ物にならない数であった。
「死んでもらうぞ、我等が雇い主のためにな」
男の短剣がギラリと光ったが、ムチャとトロンは相変わらず泣きじゃくっている。
「お、おい、聞いているのかぼすっ!?」
黒尽くめのリーダーの顔面には、素早く飛び出したカリンの鉄拳がめり込んでいた。リーダーは観客席からリングまで吹っ飛ばされ、ゴロゴロと転がる。
「あんた達が誰かは知らないけど、悪人のようで良かったよ。このどうしようもなくやり切れない思いをぶつける先を探していたんだ」
カリンの全身から怒の感情術が噴き出し、その目はメラメラと激しく燃えている。いや、カリンだけでは無かった。その場にいた一同、全員の目がメラメラと燃えている。
「ひ、ひいっ!」
黒尽くめ達は一同の異様な迫力に圧されて後ずさりをする。
「ここはこの子達のライブ会場で……猛者が集まる闘技場だ。暴れさせてもらうよ!!」
「「うおぉぉぉぉぉお!!!!」」
カリンの掛け声で、目に炎を宿した戦士達は一斉に黒尽くめ達に襲い掛かった。
「俺の斧を味わえぇえ!!」
「全治三ヶ月パンチ!!」
「ギャロ! いけぇ!!」
「ケケケケケケケケケケケケェ!!」
「憤怒槍!!」
「雷砲!!」
「アイスジャベリン!!」
「あちょーっ!!」
闘技場には黒尽くめ達の悲鳴があちこちから聞こえ、描写するのも気の毒になるほど一方的な暴力の嵐が吹き荒れる。
それを見て、ムチャとトロンは立ち上がった。
「ほら、見ろよトロン。お客さんがいっぱいだ」
「わぁ、本当だぁ」
虚ろな瞳をした二人がリングに上ると、黒尽くめ達が二人を取り囲む。
「せ、せめて巫女だけでも」
黒尽くめ達は短剣を抜いて二人に襲いかかる。しかし、ムチャがトロンを守るように剣を振るい、次々と彼らを打ち倒す。
トロンは杖に魔力を込め、グリグリとリングに魔法陣を描いた。そして魔法陣の中心には、ムチャにやられた黒尽くめ達が集められる。
「お客さんを笑わせるんだ」
「楽しんでいってねー」
ムチャの全身から黄色いオーラが立ち上り、ムチャは剣を魔法陣の縁に突き立てた。
「「極・強制爆笑陣!!」」
闘技場には黒尽くめ達の悲鳴と、一部爆笑がこだまし続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます