ライブの日9
二人と青年は静止したまましばらく見つめ合う。
先に口を開いたのは青年であった。
「こんにちは。いや、こんばんは、か。僕はブレイクシア君の友達なんだけど、彼を倒したのは君達だね?」
ムチャがうんざりした顔で頷くと、青年は言葉を続ける。
「ちょっと話をしたいんだけど、今時間あるかな?」
「ダメ、マジでクソほど時間が無い。二時間待って」
「いいけど、この病院の人達はみんな死ぬと思うよ。あと街の人達も結構」
青年はニコニコと笑みを浮かべているが、その口から出てくる言葉がジョークではない事はわかった。
ムチャはギリギリと奥歯を噛み締め、チラリと闘技場の方に目をやる。隣に立つトロンも同じように闘技場を見ていた。そしてムチャは諦めたように言った。
「場所、変えよう」
「いいよ」
青年は相変わらずニコニコと笑みを浮かべている。
青年が二人に歩み寄り、三人は並んで歩き出す。そして無言で歩き続け、三人は人気の無い広い空き地に辿り着いた。
「いやぁ、なんかゴメンね」
「ゴメンじゃねぇよ、本当にありえねぇ」
「まぁ、そういう運命だったんだよ」
「俺、あんまりこういう事言わないんだけどマジでブン殴るぞ」
「嫌だなぁ。僕は喧嘩は嫌いなんだよ」
「で、お前何者だ?」
「あぁ、ゴメン。ちゃんと自己紹介していなかったね」
青年は大仰な礼をして名を名乗る。
「僕は『嫉妬』のイルマ。新生魔王軍の一人だ」
新生魔王軍。
なるほど、ブレイクシアを君付けで呼ぶわけだ。
「で、その魔王軍の一人がこの街に何しに来たんだよ。ブレイクシアの仇討ちか?」
ムチャが問うと、青年は白衣のポケットから小さなビンを取り出した。青年が手にするビンの中は毒々しい紫色の気体で満たされており、そのビンからは何やらただならぬ悪い気が発せられている。
「いやね、ブレイクシア君の件は良いんだよ。僕は彼にそんなに興味ないし。それより見てこれ、新しいウイルスができたからちょっと実験をしにきたんだ。これは僕の血を元に作られた魔法ウイルスでね、いつも新作ができたら国のあちこちで実験しているんだよ。あ、僕は昔は王国軍の魔法科学者でね、元々は魔物や異種族を殺すウイルス兵器の開発をしていたんだけど、その後……」
「あぁ、うん、お前が悪い奴なのはわかった。もういいよ。そのトロールの尻穴みたいな口を閉じろ」
「あ、興味ないよね、ゴメンゴメン。で、今回この街を選んだのは、ブレイクシア君を倒した君達がこの街にいるって聞いたからなんだよ。君達がこの街を出るまでに完成させなきゃって頑張ったんだ。もう一カ月も寝てないよ」
「俺達がこの街にいるせいでお前が来たんだな」
「まぁ、そういう事かな。実験ついでに君達の顔が見たくてね。でも気に病む必要は無いよ。どうせどっかの街で実験するつもりだったし」
「因みにさ、ムイーサ地方で実験した事ある?」
ムチャの脳裏にはかつて訪れたゴーレムの村の事が浮かんでいた。
「うーん……あったかもね。それ十年くらい前? それとも三十年くらい前?」
どう見ても二十歳そこそこの青年はあっさりと「三十年くらい前」と口にした。彼もブレイクシアと同じで、新たなる魔王から肉体に影響を与える力を受けたのかもしれない。
「そうか、爺さんが一人ぼっちになったのはお前のせいか」
ムチャの目に怒りが宿った時、それまで黙っていたトロンが口を開いた。
「でも、新しい魔王が出てきたのって最近だよね」
「うん。僕に力をくれたのは先代の魔王だからね。まぁ、先代魔王が勇者に破れた時に僕は逃げたけどさ。先代魔王軍が無くなった後もこっそり研究を続けていたら新しい魔王にスカウトされたんだ」
青年は事も無げに言った。それを聞いた二人は思った。
『あぁ、こいつはヤバい奴で、悪い奴で、ダメな奴だ』
と。
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