ミスコンテスト6

 トロンのミスコンでのこれまでの行動は、正直スベっているといっても過言ではなかったが、観客達はトロンが次は何をしでかすのか少し楽しみであった。

 ムチャもハラハラはしていたが、先程のフォローが成功した事もあり、「どんなボケでもかましてこい」とある程度覚悟を決めている。


「では、いよいよ最後の特技披露となります! エントリーナンバー十四番、トロンさんどうぞ!」

 司会者がトロンの名を呼んだ。

 観客達の拍手でトロンが登場する、はずだったのだが。

「あれ? トロンさん?」

 拍手が鳴り止んでもトロンは中々舞台に現れない。


 どうしたんだ?

 トラブルかな?

 トロンちゃーん!


 観客達がざわめき出すと、係員に背を押され、トロンがモジモジしながら舞台に出てきた。しかし、先程とは違った意味で何か様子がおかしい。

「えー、トロンさん、特技の方をどうぞ」

 司会者が促すと、トロンは申し訳なさそうに呟いた。

「……無いの」

「え?」

「……私、特技とか無いの」

「またまたぁ、ご冗談を。お笑い芸人なんですから何かギャグとかあるでしょう?」

 司会者の言葉にトロンは首を横に振る。

「みんなの前で持ちネタをするのはライブの時までとっておきたいから。それに私、ムチャがいないとネタできないし……」

 じゃあさっきの鼻眼鏡の事故アピールはなんだったのかと問いたいが、あれはネタのつもりでは無かったらしい。

 司会者は焦った。

「えっと、じゃあ、どうしましょう。なんでもいいので、お歌とかダンスは?」

「できない……」

 トロンがムチャと旅を始める前に暮らしていた寺院で、トロンは感情を殺して生きるように育てられていた。故に歌や踊りなど、感情を表現する行動は禁じられていたのだ。旅を始めてからも、歌を聴いたり踊りを見る機会はあったが、トロン自身が歌を覚えたり踊りをする機会は無かった。

「ごめんなさい……」

 トロンは司会者と観客達にぺこりと頭を下げ、トボトボと舞台袖に戻ろうとする。


 プレグとニパは舞台袖からトロンを見ながら歯噛みしていた。

「何やってるのよあの子! 魔法をドカンと見せればいいじゃない」

「どうするプレグ? どうにか助けられないかな?」

「どうするって言われても……」


 その時、観客席にいるムチャが勢い良く立ち上がって叫んだ。


「トロン! 芸人が舞台から逃げるんじゃねぇ! お前にも歌える歌があるだろう!」


 ざわついていた観客達が静まり、視線が一斉にムチャに集まる。

「私にも歌える歌?」

「そうだ! お前が歌わないなら相方の俺が代わりに歌ってやる!」

 ムチャはその場から大きく跳躍し、トロンの横に着地した。

「ちょっと! 困りますよ!」

 ムチャはあたふたしている司会者から、拡声魔法のかけられた杖を奪い取ると、大きな声で歌い始めた。

「ひーろい荒野にー♪ 笑いが響くー♪」

 それはカリンやイワナと戦った時に、ムチャが歌った「ムチャとトロンのテーマソング」であった。その歌は旅の途中でムチャがよく口ずさんでいるので、トロンもメロディと歌詞を覚えていた。

 急に歌い出したムチャを見て、観客達が再びざわめき始める。

「ムチャ……」

 よく見ると、ムチャの顔は真っ赤であった。

「おーれーは芸人ー♪ なーまえはムーチャー♪」

 ムチャはあまり歌が得意な方ではない、しかし、トロン一人に恥をかかせるわけにはいかないと、勇気を出して舞台上に上がったのであった。

 そんなムチャを見て、トロンも意を決して歌い始める。

「「あーいかーたはトーローンー♪ くーいしんぼー♪」」

 ソロはデュエットになった。

 すると、どこからかボンゴ(手で叩く小さな太鼓)の音が聴こえてきた。ムチャ達がそちらを向くと、いつもムチャ達を控え室に呼びに来ていた係員が舞台袖からボンゴを叩きながらウインクをしている。そして先程特技披露でバイオリンを披露した売店の看板娘も、アドリブでバイオリンを弾き始める。

 歌は闘技場全体に広がり、観客達も手拍子を叩き始める。二人の歌は決して上手では無かったが、なぜか妙に耳に残る歌で、観客達の脳裏にしっかりと焼き付いた。

 そして二人が歌い終わった時、客席からは多くの拍手が巻き起こった。

「いやー、どうもどうも! 突然こんな事になってすいませんね皆さん」

「手拍子ありがとう」

「しかし年頃の女の子が歌も歌えないとは困っちゃいますね」

「ブーブー」

「それはウタじゃなくてブタじゃねぇか!」

「フワフワだぁ」

「それはワタだろ! そういえば歌ってる時に思い出したんですがね、あなた特技あるじゃないですか!」

「え? 何だろう?」

 トロンは本気で首をかしげた。


「大食い」


「え? 私そんなに大食いじゃないよ」

「ちょっと、そこの司会の人! 屋台の食べ物適当に持ってきて!」

 いつの間にかMCになったムチャが元司会者に指示を出す。

「え!? 私が!?」

「凄いの見せるから早く!」

 ムチャの要請により、数分後には舞台上に大量の食べ物が用意された。


「ほら、食べて」

「えー……」

 ムチャがトロンにホットドッグを差し出すと、トロンは困惑しながら受け取り、それを口に運ぶ。


 もぎゅ……もぎゅ……もぎゅ……もぎゅ……


 ホットドッグはあっという間にトロンの口内に消えた。

「はい、次」

 ムチャは今度は焼きそばを差し出す。

 トロンは困り顔でそれを受け取り、フォークで口に運ぶ。


 ズズズズズズズ……


 焼きそばも数秒後には綺麗にトロンの胃袋に収まる。

「はい、次」

 ケバブ、焼き鳥、タコス、カレーと、トロンはムチャが差し出す料理を、ゆっくりとした仕草ながら驚異的なスピードで次々と平らげてゆく。観客達はその光景をただ唖然として見ていた。

 そして舞台上に用意された食べ物はいつの間にか全て消滅していた。

「えー、特技の大食いを披露してくれたトロン嬢に大きな拍手を!」

 ムチャから杖を取り返した司会者が言うと、会場から拍手が起こり、二人はそれに押されて舞台袖にはけた。一時はどうなるかと思ったが、ノリと勢いでどうにかなるものだ。


「私、そんなに大食い?」

 トロンがムチャに問うと、舞台袖から二人を見守っていた参加者全員が大きく首を縦に振った。

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