その二人、芸人2

 村の入り口では男達が武器を持ち寄り集まっていた。数百メートル先には土煙を上げて走る荷馬車が、そのすぐ後ろには荷馬車を追いかける醜悪なゴブリンの群れが見える。馬車は少しでもスピードを落とせば今にも捕まりそうだ。

「二十…いや、三十はいるか」

「おい、あれお前の女房じゃねえか?」

「冗談言ってる場合かよ! お笑い大会は終わったんだ! 来年があるかはわからないがな」

「ちくしょう! あいつらだけ捕まれば良かったんだ!わざわざ村まで連れて来やがって!」

 この村の男達は戦いに慣れてはいない。銃を握ったこともない男がほとんどだ。三十匹ものゴブリンに襲われてはひとたまりもないことは目に見えていた。

「そんな事言うもんじゃねぇ。みんな、銃がある奴は銃を構えろ! 撃ち尽くしたら槍か剣に持ち替えるんだ!」

「槍か剣? クワかスキの間違いだろ」

 群れはもうすぐそこまで迫っていた。

 男達はそれぞれの武器を構え息を飲む。


「やっぱり無理だぁ!!」

 恐怖に駆られた一人の男が武器を投げ捨て逃げ出した。それにつられ一人、また一人と武器を捨てて逃げ出す。

「おい! 待て! 逃げる……な」

 逃げ出した男達を追って後ろを振り向くと、さっきまで舞台で漫才をやっていた少年と少女が並んで歩いてくる。

「なんだお前達、旅芸人に用は無いぞ。この村とは関係ないよそ者なんだから早く逃げろ」

 二人はさらに歩みを進める。

「あいつらを倒せば用ができるだろ?」

「お笑い大会は、まだ終わってない」

 二人は男達を素通りすると、村の入り口に仁王立ちした。

「あいつらか、俺達のネタを台無しにしたのは」

「許せない」

 ゴブリンの群れを前にして二人は微動だにしない。

「あいつら何するつもりだ?」

「ゴブリンを笑わせようってか?」

「どけお前達! 銃弾が当たるぞ!」

 荷馬車はもう目前だ。あと数秒で村に入れる。しかし追いついたゴブリンの一匹が荷馬車に飛びかかった。


 その時、少年が剣を抜く。


 ゴブリンの爪が荷馬車に届く瞬間、飛び出した少年によってゴブリンは上半身と下半身を二つに切り裂かれていた。

 馬車が村の中に滑り込む。

「どうも! ムチャです!」

 そう言うと少年は、そのまま群れに踊り込んだ。

「トロンです」

 少女の構えた杖が魔力を帯び始める。

「ムチャ、ムチャしないでね」

 杖から放たれた光が村の入り口を覆った。

「トロンこそ、トロンとしてるなよ!」

 少年の剣が二匹目のゴブリンを貫く。

「この前ゴブリンが水を飲んでたんですよ」

 少女の杖から火球が放たれる。

「へぇ、どこで?」

 火球は村へ向かうゴブリンに命中し木っ端微塵に吹き飛ばした。

「ゴブリゴブリってね。なんちゃって」

 少年は襲いくるゴブリンの攻撃を次々と躱す。

「答えになってねぇじゃねぇか!!」

 少年が旋風のように一回転すると三匹のゴブリンが一斉に倒れた。

 二人は息の合ったコンビネーションでテンポよくゴブリンを倒し続ける。

 そんな二人の戦いを村人達は呆然と見ていた。

「なんだなんだあの強さ」

「あいつらまだガキだろ」

「しかも……戦いながら漫才してるよ!」

 村に突っ込んだゴブリンが、光の幕にはね返されて少年に貫かれる。少女の杖からは連続して火球が放たれ、その全てがゴブリンを焼いた。

「ゴブリンは強すぎて困るなぁ」

 あと四匹

「サクサク倒してるじゃねぇか」

 あと三匹

「ウェルダンにしか焼けないの」

 あと二匹

「こんがり焼けてるじゃねぇか!」

 あと一匹

「もういいよ!」

 あと零匹

「「どうも」」

 少年が剣を振りゴブリンの血を払った。

 少女が杖をくるりと回すと魔力の光が消えた。


「「ありがとうございました」」


 あとには静寂が残った。

 パチ……パチパチ……

 どこからともなく拍手が聞こえてきた。

 そしてそれは次々に連鎖し、やがて少年と少女を拍手の渦が飲み込んだ。

「いやー、どうもどうも!」

「お粗末さまでした」

 二人は頭を下げながら戻ってきた。

「ブラボー!!」

「ありがとう!!」

「君達は英雄だ!!」

「違う!」

 村人達の賞賛の声を少年が遮った。


「英雄じゃねぇ!俺達はお笑いコンビだ!」


「何でもいいさ、君達はこの村を救ってくれたんだから」

「本当にありがとうね」

 酒場の店主と店員が駆け寄って来た。

「これくらいなんてこと無いよ、な? トロン」

「食料の御礼」

「御礼はこちらが差し上げねばなるまい、これを受け取ってくれ」

 店主の手には金貨の入った袋が握られていた。

「これはお笑い大会の優勝賞金です」

「これ、貰っていいのか?」

「勿論だよ、今日の優勝者は君達二人であると言っても過言ではない。我々を笑顔にしてくれたのだから」

 そうだそうだと村人達は口々に言った。


「で、俺達のネタどうだった?」

「え?」

「ネタだよネタ。面白かったか?」


 場に気まずい空気が流れた。


(誰か面白かったって言えよ…)

(お前が言えよ…)

(正直ネタの方は…)

 少年は場の空気で悟った。

「この賞金は受け取れない」

 少年は賞金の入った袋を突き返した。

「え、でも…」

「芸以外で金を貰ったら芸人じゃないからな」

「ムチャ、ここは受け取っておいた方が…」

「トロン! お前に芸人としてのプライドは無いのか!?」

「背に腹はなんとやら」

「俺達は世界中を笑わせる芸人になるんだぞ、それが一時の欲を満たすために筋を曲げてちゃ、なれるもんもなれねぇ!」

「……ムチャがそう言うなら」

「もしどうしても受け取って欲しいって言うなら」

 少年が店主の手から賞金を掴み取り頭上に掲げる。


「この賞金をかけてもう一度お笑い大会開催だ!」


 おー!

 いいぞー!

 やってやる!

 村人達は歓声をあげた。

 そんな様子を見て店主は呟いた。

「なぁ」

「何ですかマスター?」

「あいつら、もしかしたらとんでもない大物になるかもしれないな」

「芸人としてですか?それとも……」

「さぁな」

 その日コッペリ村は住民皆が笑顔になっていた。

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