その二人、芸人
ベリス王国ムイーサ地方の片田舎、コッペリ村の酒場では、村で毎年恒例となっているお笑い大会が開かれていた。酒場には多くの村人達が集まり、ジョッキやグラスを片手に、ステージに注目している。
「でな、奴が俺の家の中にデビルコングがいるって言うから斧を持って家の中に入って行ったんだ。そしたらそこにいたのは女房だったんだよ!!」
ステージ上の男がジョークを言うと、酒場には観客の笑い声が響き渡った。
「やっぱりケウルの旦那の女房ネタはたまんねーな」
「あぁ、何度聞いても笑えるぜ。今年こそ優勝間違いなしだな!」
会場は大いに盛り上がり、観客の顔は皆笑顔に溢れている。
そんな中、大会の主催者である酒場の店主は一人だけ困り顔を浮かべていた。
「マスターどうしました? 浮かない顔して」
店員がその様子を見て声をかける。
「それがな、今年は大会の参加者が少なくて困ってるんだ。せっかく盛り上がっているのに四組しか出ないんじゃ客も興醒めだ」
「えぇ! 毎年最低八組は出てるじゃないですか! どうして今年はそんなに少ないんですか? あのお笑い大好きなカドン一家はどうしたんです? あの大家族ならお爺さん夫婦から孫兄弟まで合わせて四組は出ますよ!」
「食あたりで一家全員全滅だ」
「じゃあ、腹話術のプル爺さんはどうですか? 毎年出てるじゃないですか!」
「先月死んだだろ。葬式したじゃないか」
「じゃあ…えーと…どっからか旅芸人を連れて来るとか!」
「どっから連れて来るんだよ」
『はぁ……』
困り顔が二つになった。
ドサッ…
その時、酒場の裏口から何かが倒れるような音がした。困り顔の二人は扉を開け裏口を覗き込む。
「み……水を」
「食べ物……」
そこには剣を背負った少年と、杖を持った少女が倒れている。
二つの困り顔はニンマリと笑った。
ガツガツガツガツ
ゴクゴクゴクゴク
少年と少女は店主が出した食料をものすごい勢いで貪っていた。
「よく食べますねぇ」
山積みにしてあった食料は、ものの五分ですでに少年と少女の胃袋に収まろうとしている。
「それだけ飲み食いしたんだから約束は守ってくれよ」
「…約束?」
少女は肉を咥えながら頭上にハテナマークを浮かべた。
「さっき約束しただろう! 食料を提供する代わりにあれに出場してくれるって!」
店主が指差した先には「コッペリ村お笑い大会! 優勝賞金十万ゴールド!」と書かれている。
「まぁまぁ御店主任せとけって、飯の借りは笑いで返すぜ。何せ俺達は」
食料を平らげた少年が親指をグッと立てる。
「お笑いコンビだからな!」
店主と店員はちょっと不安顔になった。
食事を終えた二人は舞台裏にスタンバイしていた。
「さぁ皆さん! ギター漫談で会場を沸かせた武器屋のドーソンに盛大な拍手を」
パチパチパチパチ!!
ピューイ!!
ヨカッタゾー!!
前の参加者が盛大な拍手で送り出される。いよいよ二人の出番だ。
「さて皆様、ここで飛び入りの参加者です。山越え海越え谷超えて、世界を旅して笑いの華を咲かせる若きお笑いコンビ、ムチャとトロンの登場です!!どうぞー!!」
パチパチパチパチ!!
(行くぞ!ショータイムだ!)
(うん)
拍手を浴びながら二人は勢いよく舞台に飛び出した。
「どうもー! ムチャです」
「トロンです」
「「よろしくお願いします」」
「今日はね、コッペリ村のお笑い大会にお邪魔させていただいているんですけれどもね、俺達さっきまですぐそこで空腹でぶっ倒れてたんですよ」
「コッペリ村でお腹ペッコリ…なんちゃって」
「やかましいよ!!」
「助けてくれたテンチョーさんがハンサムでキンチョーしちゃった」
「ヒゲのおっさんだったじゃねぇか!」
ハハ…
シーン…
さっきまで盛り上がっていた会場が静寂に包まれた。
(トロン、次いくぞ)
(うん…)
「えー、この前ポイズンアントに噛まれちゃいましてね、こいつに薬草持って来いって言ったんですよ、そしたら持って来たのが」
「毒草だったんです」
「俺を殺す気か!」
「一文字違いだから」
「だからどうした!」
シーン…
(ムチャ…あれをやろう)
(あれか!?あれをやるのか!? よーし…)
「続きまして、ショートコント! エンシェントホーリーフレイムドラゴン!」
店主と店員の不安顔は苦虫噛み潰し顔になっていた。苦虫はそれはそれは苦かった。
「後で飯代と慰謝料を請求するか」
「お金持って無さそうなんで一ヶ月タダ働きさせましょう」
そんな話をしていると、突然酒場の入り口が勢いよく開かれた。
「みんな逃げろ!! ゴブリンの群れだ!!」
「ぎゃおー!! これぞエンシェントホー……えっ?」
酒場に飛び込んで来た男がそう言うと、さっきまで静まり返っていた会場が急に騒然とし始めた。
「何でこんなところにゴブリンの群れが!?」
「遠見櫓から見えたんだ! 奴ら荷馬車を追って来やがった!もうすぐ村まで着いちまうよ! 女子供を地下室に隠せ!」
観客は皆、椅子を倒し酒をこぼしながら逃げ惑う。
「ちょっと! ちょっと待ってくれよ! まだショートコントのオチが……」
少年があたふたしていると店主が叫んだ。
「そんな事言ってる場合か! 嬢ちゃんはこいつと一緒に地下室へ。小僧! お前この剣使えるのか!?」
店主はそう言うと少年が背負っていた剣を投げ、少年はそれを受け取る。
「だってとっておきのオチが……」
「バカ!それどころじゃないんだよ!!」
店主はカウンターの裏から銃を取り出して弾を込め始めた。
「さぁ、あなたは私と一緒に」
店員が手を差し伸べると、少女はふるふると首を横に振る。
「もう、キレてる」
「え?」
「俺達がまだネタをやってるでしょうがぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
少年が叫んだ。
店主と店員はぽかんと口を開けた。
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