激闘の後

 ムチャは仰向けに倒れて空を眺めているいるナップにヨロヨロと歩み寄ると、スッと右手を差し出した。

「馴れ合う気は無いぞ」

「バカ、観客が拍手くれてるんだ。立って手くらい振れよ」

「お前は本当にどこまでも芸人なんだな」

 ナップは呆れたように笑い、ムチャの手を取った。

 しかし、ナップが起き上がろうと体重をかけると、それを支えきれずに二人とも尻餅をつきそうになる。

「「おわっ!」」

 そんな二人の背を、いつの間にかリングに上がってきていた互いの相方が支える。

「ムチャ、お疲れ様」

「ナップ様、良い戦いでした」

 リングに揃った四人は、鳴り止まぬ拍手と歓声を送る観客達に大きく手を振って応えた。

 手を振りながらナップは言った。

「巫女様は必ず連れ戻す」

「お前はまだ言うか」

「だが、今日は引こう」

 ナップの顔はパンパンに腫れ、二枚目が台無しではあったが、よくよく見ると僅かに笑みが浮かんでいた。

 そして四人は拍手に送られてリングを降りた。

 別れ際に、フロナディアがトロンに言った。

「ナップ様は渡しませんわ」

「?」

 トロンは(こいつやばい奴じゃないか?)と訝しみ、ムチャの肩を支えながらそそくさとリングを後にした。


 こうして、ムチャとトロンのアレル闘技場での四つの戦いは終わった。

 それは即ち、ムチャとトロンの単独お笑いライブの開催決定でもある。

 今まで木箱や地べたをステージに、細々とお笑いを続けてきた二人の夢が叶うのだ。


 控え室にたどり着いた二人は、互いに顔を見つめ合い、大きなハイタッチをした。そして試合の疲れも忘れて、手を繋いで小躍りを始める。

「「やった♪ やった♪ やった♪ やった♪」」

 しかし、試合のダメージが足にきていたムチャは大きくよろめき、トロンに倒れかかる。二人は仲良くすっ転んだ。

「わ、悪い……いててて」

「いいよ、じっとしてて」

 トロンは地べたに正座し、倒れたムチャの頭を膝に乗せると、ムチャの腫れた頬に手を添えて、楽の感情術を乗せた治癒魔法をかける。

「顔がジンジンする……」

「ねぇ、ムチャ」

「ん?」

「私達結構頑張ったよね」

「おぉ、頑張った頑張った」

「ライブ嬉しいね」

「おぉ、嬉しいな」

「チューしたいくらい嬉しい」

「ち、チューか!? あのチューか!?」

「そう」

「す、するのか?」

「しないよ」

「しないのか!?」

「するの?」

「……どうしてもと言うなら」

「どうしてもじゃないからいいよ」

「そ、そうか……ラ、ライブ頑張ろうな」

「うん。ネタも沢山作ったもんね」

「なぁ、トロン」

「なぁに?」

「次は魔法キャノンが使えるように……」

「それはイヤ」

「えー……」

 その時、ムチャは控え室の扉の隙間から、沢山の目が二人を見つめていることに気付いた。

「あ」

 それは芸人コンビにお祝いを言いに来た人々の目であった。


 バタン!


 扉が勢い良く閉まり、扉の向こうから。

「イチャついてるから撤収ーーー!!」

 というカリンの声と、扉の前からぞろぞろと去っていく足音が聞こえた。

「待て待て待て待て!!」

 ムチャはみんなを追いかけようとしたが、頬に触れるトロンの手により膝枕に後頭部を押し付けられ、動けぬままにジタバタとしながら治療を受け続けた。


 その頃場内では、ムチャとトロンのお笑いライブ開催決定の告知アナウンスが盛大に流れていた。

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