フロナディアは刃技を解くと、ナップの背にそっと手を当てた。そして残った体力と精神力を全て振り絞り、全開で感情術を発動させる。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 フロナディアの手からナップの背に感情術が流れ込み、ナップの肉体を駆け巡る。すると、ナップの全身が強い光を放った。

 ナップはフロナディアの感情術を受け、全身に力が滾るのを感じる。暖かく、力強いエネルギーを。それは先日のグリム戦の時に感じた感覚によく似ていた。

「フロナディア様、あなたのお力、確かに受け取りました」

 フロナディアは頷き、ナップの背をグッと押す。

「あなたに……勝利を」

 フロナディアに背を押され、剣を腰だめに構えたナップは力強く地を蹴り、迫り来る巨人へ向かい駆け出した。

 ナップの背後で、フロナディアは力を使い果たして膝をつく。

「あなたなら、必ず勝てると信じています」

 地を駆けるナップの背から勢い良く感情術の光が噴出し、ナップはそれを推進力にグングン加速する。ナップの背から噴き出す光は、形を成して光の翼となった。

 ゴディバドフが以前ナップに言った。


「もっとイメージをしろイメージを。自分の弱さを認め、どんな風に強くなりたいかをイメージするんだ。強いイメージは自分をその姿に近づける。なんなら俺をイメージしてもいいぞ。ガハハ」


 今、背に翼を生やし、リングを駆けながらナップは、鬣をなびかせて走る一頭の白馬をイメージしていた。


(お前の速さはこんなものではなかったな、シャンデリアよ)


 シャンデリアの走りはとても速かった。彼女はナップとフロナディアを背に乗せ、風を切り、まるで矢のように駆けるのだ。走る事が楽しくてしょうがないかのように、生きる喜びを全身で表現するかのように。その姿は、荒々しくも力強い生命力に溢れていた。


 ナップの全身が光に包まれ、更に加速する。

 ナップを包む光は、更に輝きを増して、ぼんやりと馬の姿を映し出した。

 背中から光の翼を生やした馬。それはさながらペガサスのようであった。


 ムチャとトロンは猛烈な早さで突進してくる光のペガサスを見て慌てた。

「な、なんだあれ!?」

「なんかヤバそうだね」

「トロン! 魔法キャノンで迎撃を……」

「そんなものついて無いよ」

「そうだった!」

 光のペガサスはもはや回避できない距離まで迫っている。

「ムチャ、全力で防御」

「了解!!!!」

 ムチャトロンは腕を前に出し、防御の体制をとる。

 ムチャトロンの関節からムチャの感情術が吹き出し、ムチャトロンを包んだ。

 ナップは跳躍し、腰だめに構えた剣で勢い良く突きを放つ。

 次の瞬間、ムチャトロンと光のペガサスが激突した。

「うおぉぉぉぉぉぉお!!!出力全開!!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 強大な力がぶつかり合う。闘技場に雷のような凄まじい轟音が鳴り響き、リングには大きな亀裂が入った。


 ボ……ボゴゴゴ……


 ナップの剣を受け止めるムチャトロンの腕にヒビが入る。

「マジかよ!?」

 ヒビはあっという間に広がり、肩まで到達した。

「ム、ムチャ……ちょっと無理そう……」

「よし! 今だ! 笑撃変形だ!!」

「そんなもの無いよ」

「そうだった!」

 ナップが更に力を込めると、ムチャトロンの腕が砕け散り、ナップの剣先がボディに突き刺さる。

 ムチャトロンの中心に大きな亀裂が入り、岩の体が崩壊を始めた。

「バ、バカな! このムチャトロンが負けるなど……そんな事あってたまるものかぁ!!!!」

 ムチャトロンはもはや限界を迎えようとしていた。

 ムチャはある日の夜の事を思い出す。


 皆が寝静まった深夜、ムチャは月明かりの下で紙にペンを走らせていた。

「ん……ムチャ? 何してるの?」

 目を覚ましたトロンがベッドから起き上がり、ムチャに声をかける。

「悪い、起こしちまったか」

「何描いてるの?」

 トロンはムチャの前にある紙を覗き込むと、そこにはデフォルメされた鎧のような姿が描かれていた。

「これなぁに?」

「これはな、俺のロマンなんだ」

「ロマン?」

「そう、笑撃魔神・ムチャトロン。魔力で動く正義の魔神で、巨人のパワーとグリフォンの機動力を持っているんだ。コンドルモードに変形したら空も飛べるんだぜ」

「ふーん」

「でな、武器はハイパーハリセンと魔法キャノンで……」

 ムチャはムチャトロンの肩に大砲を描き加えながら、目をキラキラさせている。トロンは一切興味の無さそうな目をして、ベッドへと戻った。


「俺の……俺のロマンが……」

 崩壊を続けるムチャトロンの中で、ムチャはポロポロと涙を流した。ムチャにはムチャトロンの声が聞こえていた。

『ムチャ君、トロンちゃん、短い間だったけどありがとう。君達と一緒に戦えて……』

「脱出」

 トロンが無慈悲に呟くと、ムチャトロンの背面がパカリと開き、操縦者の二人が射出された。


「ムチャトローーーーーーーーーーン!!!!!」


 ムチャが叫んだ次の瞬間、ムチャトロンは光のペガサスによって爆裂した。

 爆発の威力は大きく、上空にいたムチャとトロンまでリングの外に吹き飛ばされそうになる。

「後はお願い」

 トロンは咄嗟にムチャから身を離し、ムチャの背中を蹴った。

「のわっ!」

 その結果、ムチャはリングの端ギリギリに落下し、トロンはリング外に着地してしまった。


 コロン……


 ムチャの目の前に無残な姿になったムチャトロンの破片が転がってきた。ムチャはそれを拾い、そっとポケットにしまう。


 ザッ


 ムチャの前に、感情術を使い果たしたナップが立ちはだかった。いや、感情術を使い果たしたのはナップだけではない。先程の衝突とムチャトロンの操縦でムチャも感情術をほぼ使い果たしていた。


 最終ラウンドが始まる。

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