笑撃の巨人

 歩み出したムチャトロンを見て、ナップとフロナディアは立ち上がった。


 ズンズンズンズン……


 地響きを立てて迫り来る巨人に、二人はどう対処すればよいのかわからずにただ距離を取る。

「こんなのどう戦えというのだ!!」

 二人はケルナ闘技場で様々な敵と戦ってきた。

 重装備の騎士、身軽な獣人、中には強力な魔法を使う小人族もいた。しかし五メートルを超える岩石の巨人などとは戦った事が無い。

 だが、いつまでも逃げ回っているわけにはいかない。喜装天鎧と刃技は精神力と体力を大量に消費する。このままではガス欠を起こすのは間違いなかった。

「フロナディア様、私が囮になります。足を狙って下さい。あの巨体ならば足を崩せば自重を支えきれないはずです」

「わかりましたわ!」

 二人は意を決して駆け出した。

 まず先頭を行くナップが跳躍し、ムチャトロンの肩に感情術を乗せた渾身の蹴りを放つ。しかし、喜装天鎧を纏ったナップの蹴りでさえ、ムチャトロンは肩の一部が砕けただけであった。ムチャトロンの装甲は、先程トロンが放った岩の拳よりも圧縮の密度が高く、内部にムチャの感情術が通っているせいだ。

「ふははは! 効かぬわ!」

 トロンがある程度制御しているとはいえ、喜の感情術を全開にしているムチャのテンションはやはりおかしい。まるで悪役のような形相でムチャトロンを操作している。


「はぁぁぁぁあ!!」

 ムチャトロンが揺らいだ瞬間、ムチャトロンの足元に潜り込んだフロナディアが、剣から伸びた感情術の刃により、岩でできた左脚を斬りつけた。


 ザムッ


 小気味好い音を立てて感情術の刃が脚の半ばまでめり込む。しかし切断には至らない。

「ま、だ、まだぁぁぁぁあ!!!!」

 フロナディアが力を振り絞り、感情術を全開にする。すると半ばまでめり込んだ刃が強い光を放ち、爆ぜた。


 ドンッ!!


 フロナディアは転がるようにムチャトロンの後ろへ回り込む。感情術の炸裂により片脚を損傷したムチャトロンは大きくぐらついた。

「はぁっ!!」

 再び跳躍したナップが駄目押しとばかりにムチャトロンの頭部に蹴りを放つと、ムチャトロンは地響きを立てて前のめりに転倒する。

「のわぁぁぁぁあ!!」

 ムチャトロンの操縦席からムチャの悲鳴が聞こえた。

「やったか!?」

 トドメを刺そうとナップはムチャトロンの背面に飛び乗るが、どこにどう攻撃を加えればトドメになるのかわからずに右往左往する。

「この二人、化け物か……」


 一方ムチャトロンの内部では、転倒の衝撃でムチャはおでこをぶつけ、その痛みで涙を流していた。

「いってぇ……操縦席に改良の余地ありだな」

「ムチャ、脚部破損。起き上がれない」

「おう、修復頼む」

「了解。出力上げて」

 ムチャとトロンは深く息を吸い、集中した。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 倒れたムチャトロンが振動を始め、背に乗っていたナップは慌てて飛び降り、フロナディアと共に距離を取る。

「まだ動くというのか!?」


 ムチャトロンの欠けた脚に砕かれた岩盤が集まり、再構築される。そしてムチャトロンは何事も無かったかのように起き上がった。


 ズゥン……


「あ……あ……」

「うそ……ですわ……」

 起き上がったムチャトロンを見上げ、ナップとフロナディアは口を金魚のようにパクパクとさせている。

「ぷはぁー! なんとか起きた。しかしこれキツイなぁ」

「多分私の方がキツイよ。頭クラクラしてきちゃった」

 感情術を全開にしているムチャもキツかったが、複数の魔法を同時に使用しているトロンもキツかったのだ。

「それもそうだな。じゃ、さっさと勝負を決めますか!!」


 ズンズンズンズン


 ムチャトロンは呆けているナップ達に向かい、歩を進める。

「こんな……どうすれば……」

 ナップの喜装天鎧はもはや維持しているのに限界が近く、鎧の形が崩れ始めている。

(……ここまでか)

 ナップが諦めようとしたその時、フロナディアがナップの手を掴んだ。

「諦めてはなりません!」

 ナップはフロナディアを見た。

 フロナディアの刃技も、先程の爆裂で最早無いと言っても良いほど短くなっている。しかし、フロナディアの目はまだ勝負を捨ててはいない。

「ナップ様、勝ち目が薄いのならば、一か八かに賭けてみましょう。私達はいつだってそうして勝利を得てきたではありませんか」

「フロナディア様……」

「勝ちましょう。ナップ様」

 フロナディアの目の光に打たれ、ナップは頷いた。


 そしてナップ達は二枚目の切り札を切る。

 いや、それは切り札と呼べるかすらわからない作戦であった。

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