ナップの回想25
どさっ……
フロナディアはリングに倒れた。
背中の傷から血が溢れ出す。しかし傷は致命傷には至らなかったらしく、フロナディアは這いつくばりながらも前へ進み続ける。
「勇敢ではあったが、みっともない散り方をしたな」
グリムはフロナディアへとどめを刺すために歩みだした。
「ナップ……様……」
フロナディアが這った後に、傷口から流れ出た血で赤い道ができる。
グリムは刃に付いた血を払いながら、その道をまるでレッドカーペットを歩むように優雅に歩いた。
普段ならばそのようなシーンに歓声をあげる観客達は、今は息を呑み静まり返っている。
グリムの足がフロナディアの背を踏んだ。
「あぐっ!」
フロナディアはその痛みに悲鳴をあげる。
そして必死に左腕を伸ばした。
そこには怨霊に心と肉体を侵食され、虚ろな目をしたナップがいる。
「なるほど。死ぬならば愛する人の側でか……ロマンチックだねぇ」
グリムはフロナディアの背から足をどけ、二人を両断しようと野太刀を振り上げた。
あぁ……もう……なんて人でしょう……こんな所で寝てしまって……いつも困った顔をしていて……オロオロしていて……流されてばかりで……はっきりしなくて……あの夜、私に口付けしようとしたくせに……
「ナップ様……」
フロナディアの左手がナップの手に触れる。
「例え想いが届かずとも……」
フロナディアの目から涙が溢れる。
「私はあなたを……」
そして、フロナディアは氷のように冷たいナップの手を、力強く握りしめた。
「……愛しています」
フロナディアの左手が黄色く、否、金色に輝く。
「何!?」
グリムはその光に目を眩ませた。
フロナディアの左手からナップへと喜の感情術が流れ込み、ナップへ纏わりついていた怨霊をナップの体から弾き飛ばす。
フロナディアの奥の手は確かに刃技であった。
しかしそれだけでは勝ちが薄いとフロナディアは理解していたのだ。故に両手に纏った感情術を片方しか使わなかった。
最初から狙いはこれだったのだ。
グリムをナップから遠ざけ、自分がやられれば勝利を確信したグリムには隙ができる。そこに勝機が生まれる。
自分一人ではグリムに勝てずとも、ナップならばと。
フロナディアが放った喜の感情術がナップの全身を駆け巡る。それは暖かく、力強く、穏やかで、そして、切なかった。
怨霊から解放され、肉体に活力が戻り、深く沈んだ意識を覚醒させたナップは、自らも感情術を発動させた。それは赤いオーラを放つ怒の感情術であった。二人の感情術は混じり合い、鮮やかなオレンジ色の光となる。
グリムはその光を恐れ、振り上げた刃を振り下ろした。
「喜……怒……合技」
ナップの手が落ちていた自らの剣を掴んだ。
「反逆刃!!」
グリムが振り下ろした野太刀はナップの剣により弾かれ、ナップの剣がグリムの胸に傷を付けた。
グリムは何が起こったのかわからず、慌てて後ろへと退がる。
ナップは素早く立ち上がり、グリムへと追従する。その全身には喜のオーラで形成された鎧が纏われていた。
「喜装天鎧」
それはナップが修行と実戦の中で身につけた、フロナディアの刃技と対をなす心神流の守の奥義である。全身に活性を意味する喜のオーラを鎧のように纏い、身体能力と守りを格段に上げるこの技は、多くの気を使うために、本来ならば発動に時間が掛かる。しかしフロナディアがナップへと与えた喜の感情術が、技を瞬時に発動させる事を可能にした。
ナップは平凡な男である。
多少顔が良く、剣術の腕もそこそこであるが、これといった信念もなく、突出した才能も無い。体裁を取り繕ったり、人に気を使いすぎる性格故に、フロナディアやあの旅芸人の少年のように感情に素直に従う事も苦手だ。
だからこそ、ナップは人よりストレスを多く感じ、よく悩む。それはナップの中をぐるぐる巡り、時には胃を痛める程重くのしかかる。
しかし、それもまた心の在りようである。
思考を、心を、感情を巡らせ、己へと纏わせる。
そんなナップの性格が、感情術を全身に纏うこの奥義を発現させたのだ。
そしてナップはグリムと剣を交えながら、今も心を巡らせていた。
(フロナディア様、今はまだあなたの言葉に応える事はできません。しかし、あなたのそのお心は確かに……)
ナップの振り上げた剣が、力強くグリムの野太刀を弾き飛ばす。
「受け取ったぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
返す刃が、グリムを袈裟に斬った。
「…………へ……やるじゃねぇか」
グリムはニヤリと笑い、仰向けに倒れた。
体力を激しく消耗したナップはガクリとリングに膝をつく。
闘技場に沈黙が訪れる。
三人の戦いを息を呑んで見守っていた観客達が徐々にざわめきだした。
「し、勝者……仮面騎士ペア!!!! 担架急げぇ!!!」
司会者の声が闘技場へ響き渡り、控えていた医者と医療魔術師がリングへと雪崩れ込んでくる。
観客達が一斉に立ち上がり、歓声を上げた。
ナップはフロナディアの方を見た。
フロナディアは医療魔術師に背中の傷を処置されながらナップに微笑む。
ナップは深く息を吐き、リングに大の字に寝転んだ。
そして降り注ぐ歓声を浴びながら、ナップはゆっくりと意識を失った。
その顔はこれまでのナップよりも、少しだけ男らしく、穏やかな表情をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます