ナップの回想24

 グリムはフロナディアに「かかって来い」と言わんばかりにゆったりと構えている。

 フロナディアはグリムとの間合いを計りながら思考した。勝利へと向かう道を開く思考を。

 グリムは強い。これまでの短い戦闘でそれは理解できた。単純な剣術ならばナップとフロナディアが二人で掛かってようやく互角であろう。更に怨霊まで操る。そんな相手にフロナディア一人で勝利するのは非常に厳しい。

 グリムとの実力差を埋める手段は一つ。感情術だ。

 しかし感情術の扱いに不慣れなフロナディアは術の発動に時間がかかる。恐らくグリムとこれからやり合う上で発動させるチャンスは今だけであろう。

 ナップは言っていた。


「フロナディア様、あなたが羨ましい」

「なぜですの?」

「あなたは自分の感情に素直だ。自分の感情に素直である事は、感情術の出力に大きな影響を与えます。それは私にはない才能です」


 フロナディアの体から喜の感情術の発動を示す黄色いオーラが立ち上る。フロナディアはナップと出会ってからこれまでの日々を思い浮かべた。黄色いオーラは更に強く湧き上がり、湧き上がったオーラは腕へと集う。そして右腕に集まった喜のオーラはフラミンゴへと流れた。

「ほう……」

 グリムは楽しげに笑う。

 フラミンゴの刃が、喜のオーラにより長く伸びた。

 それは重さが無く、鋭い切れ味を持つ感情術の刃だ。

 ナップが初めて教えてくれた感情術の基本的な技、それをフロナディアは修行と実戦の中で昇華させていたのだ。

 フロナディアは知らなかったが、それは心神流の剣士の中で「刃技」と呼ばれている技であった。仁義を貫くように、己の心を刃と成す。それがフロナディアの奥の手である。

「参る!」

 フロナディアは駆け出す。フラミンゴの刃は今やグリムの野太刀よりも長い。重さの無い感情術の刃は、その広い間合いにも関わらず驚異的なスピードで振るわれる。

「いいねぇ」

 グリムは刃に追われて退がる。そして野太刀から怨霊を放った。

「せやぁっ!!」

 喜の感情術で形を成す刃は怨霊を打ち消した。グリムは退がりながら次々と怨霊を放つが、その全てをフロナディアの振るう感情術の刃が打ち消す。

「やるねぇ、でもいいのかな? そんなにブンブン振り回して」

 側から見ていた観客達は気付いた。


 おい、あれ……

 本当だ……


 フラミンゴの刃が先程とは比べ物にならないくらい短くなっていた。打ち消されたのは怨霊だけでは無い。怨霊との衝突により、フロナディアの放つ喜のオーラも消耗されていたのだ。

 更にフロナディアはこの短時間で酷く体力を消耗したように、肩で息をしながら大量の汗をかいている。フロナディアの感情術は確かに出力は大きい。しかしそのぶん体力と精神力の消耗も大きいのだ。

「次は剣でやり合おうか」

 グリムの野太刀を青白いオーラが包む。

 先程とは逆に、野太刀に怨霊を纏ったグリムがフロナディアへと襲いかかった。野太刀の刃は今やフラミンゴの刃よりも長くなっている。

 二人は数合打ち合った。

 しかしただでさえ実力差がある上に、体力を消耗したフロナディアではグリムに敵うはずもない。野太刀の刃がフロナディアの右の二の腕に傷を付けた。刃に纏われた怨霊が傷口から入り込み、右腕から力が抜け、寒気が走る。そしてフロナディアはフラミンゴを取り落とした。

「いやぁ!」

 フロナディアは逃げるようにグリムに背を向けた。

「所詮は女か」

 グリムの袈裟斬りが、フロナディアの背を裂く。リングに赤い花が咲いた。

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