ナップの回想22
リング上の三人は同時に地を蹴り駆け出す。
最初に男と剣を合わせたのはナップだった。
ナップが男の野太刀を払い、フロナディアがその隙を突いて斬りかかる。これまでの戦いで二人は息の合ったコンビネーションを身に付けていた。
しかし男の野太刀の間合いは長く、攻めを受け持つフロナディアは中々懐へと飛び込めない。
互いに攻守を入れ替えながら何度も打ち合い、三人は一度距離を取る。
「真面目すぎる剣だが中々やるじゃねぇか」
「二対一で一歩も引けをとらぬとは、貴殿相当な使い手と見た」
「褒め言葉は嬉しいねぇ……俺はグリムってんだ。あんたらは?」
「悪いが、訳あって名乗れぬ」
「同じくですわ」
「礼儀がなってねぇな」
グリムと名乗った男は再び駆け出し、フロナディアへと襲いかかる。どうやら剣の練度が低いのはフロナディアの方だと見抜いたようだ。しかし、それをただ見ているだけのナップではない。ナップはフロナディアの前に出て、グリムの野太刀を受けようとする。その時、フロナディアが前に出たナップを押し退け、自ら野太刀を受けた。
いつものコンビネーションと違うフロナディアの行動にナップは驚く。
「いつまでも……守られているわけにはいきませんの!」
フロナディアは鍔迫り合いをしながら言った。
ナップは何か言おうとしたが、今はその余裕がない。グリムの腕力によりフロナディアの剣は今にも押し切られそうである。ナップは瞬時にグリムへと斬りかかり、フロナディアとグリムに距離を取らせた。
「どういうおつもりですか?」
ナップが問うたが、フロナディアは答えない。
フロナディアは深く息を吸うと、脚部から黄色いオーラを放つ。
「乱走!!」
そして脚力強化の感情術を発動させると、今度は自らグリムへと斬り込んでいった。フロナディアの剣はナップとの修行や闘技場での実戦で、確実に磨かれている。
「ほー、速いねぇ。いい踏み込みだ」
しかしグリムはフロナディアの遥かに上をゆく剣士であった。
グリムは、脚力を強化する「乱走」を使いステップやフェイントを交えながら切り掛かってくるフロナディアの振るった剣を見切ると、上体を反らすだけで軽やかに躱し、野太刀の柄でフロナディアの顎へと一撃を加える。突っ込んだフロナディアはカウンターを喰らい、脳を揺らされて大きくバランスを崩した。
「くっ!!」
ナップは深く息を吸い、感情術を発動させる。
「喜麗脚!!」
素早く距離を詰めたナップの蹴りがグリムへと放たれるが、グリムはそれをあっさりと躱して後ろへ下がった。
「なぜこのような無茶を!? 」
ナップは膝をついたフロナディアをかばう様に前に立ち、嗜める。するとフラフラと立ち上がりながらフロナディアは言った。
「私はナップ様に守られずとも戦えます!」
フロナディアはナップの横に立ち、足元がおぼつかぬまま剣を構える。
「突然どうしたのですか! いつも通り私が守り、あなたが攻める連携でいきましょう!」
フロナディアはナップを一瞥すらしない。どうやらナップの言葉は届いていないようだ。
「私はナップ様に甘えていました。ずっと隣に居てくれるものだと勘違いしていたのです……」
初めてフロナディアがナップに会った時、正直異性として好きだとは思えなかった。剣の腕は立つけれど、意思が弱そうでどこか頼りない男、それがナップに抱いた印象であった。
やたらと困ったような表情を浮かべてフロナディアへと接するナップを見ていると、フロナディアはなぜかワガママを言ったり、からかったり、困らせてやりたくなったりもした。
しかし、初めて二人で闘技場へ行ったあの日から、フロナディアの気持ちは変化し始めた。フロナディアが殴られたのを見て激昂したナップの背中には、普段は表に出さないナップの強い意思が滲んでいたのだ。その時フロナディアは気付いた。ナップは意思が弱いのではない。ただ不器用だったり、考え過ぎたり、他人に気を使って己を押し殺してしまっているだけなのだと。それに気付いた時、フロナディアの気持ちはナップへと惹かれていった。時折修行の時に見せる厳しい面、試合の時に見せる頼もしい面、ナップの隠された面を見つける度、フロナディアの気持ちは加速した。ナップの困ったような笑い顔が好きになった。ナップといると不慣れな戦いも怖く無くなった。ずっと隣にいて、ナップの普段見えない所を探し続けたい。そんな風に思うようになった。
でもそれは叶わないであろう。ナップにはやるべき事が、想い人がいるのだから。
だからフロナディアは一人でも戦えるようにならねばいけないと思った。
「私は一人でも戦えるようにならねばならないのです!」
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