ナップの回想20
それから数日、ナップとフロナディアは相変わらず修行と試合を繰り返す日々を送った。
そしていよいよアレル闘技場へ殴り込む代表を決める試合の当日がやってきた。
シャンデリアに跨り、闘技場がある廃屋敷にやってきた二人に、観客やこれまで戦った闘技者達が声をかける。
今日も儲けさせてくれよ!
てめぇらこの前の試合覚えとけよ……
負けちまえキザ仮面共!
期待してるぞ!
中には罵声も混じってはいたが、親しみを込めた言葉をかけられるのは悪い気はしない。白と黒の仮面を着けた二人は、ケルナ闘技場ですっかり有名人になっていた。
「やぁやぁ、お二人共、お待ちしておりました」
初めて闘技場へ来た時に二人を誤ってリングに上げた係員とも、今ではすっかり顔見知りだ。最も、フロナディアがグリームス家の人間だとバレては面倒なので素顔は見せた事は無いが。
二人は係員に連れられ、いつも通りに血の匂いの香る控え室に案内される。最初は嫌だったこの匂いにも、二人はもう慣れてしまった。
「ナップ様、必ず勝ちましょうね」
ナップがベンチに腰掛けて剣のチェックをしていると、フラミンゴを手にしたフロナディアが隣に座る。
「えぇ、この試合を制して、必ずや巫女様を寺院へ連れ戻してみせます」
ナップの言葉にフロナディアは僅かに寂しげな表情を浮かべた。
「……どうしても、その方を連れ戻さねばなりませんの?」
「もちろんです。巫女様の帰還を待っている信者が沢山いるのですから」
フロナディアは唐突にナップの右手を握った。刃を見つめていたナップはフロナディアへと視線を移す。
「ナップ様は、その巫女様を愛していますの?」
フロナディアはナップへと問うた。
その質問は、以前フロナディアがナップにした質問と同じであった。急な質問に、ナップはあの時と同じように動揺する。
「そ、それは以前お答えした通りです。ただの護衛の私が巫女様を愛するなどと恐れ多い……」
「ナップ様」
フロナディアはナップの目をじっと見つめる。
「本当のお気持ちを聞かせて下さい」
その言葉にはいつになく真剣さが込められていた。
「フロナディア様……?」
ナップの目を見つめるフロナディアの目からは、有無を言わせぬプレッシャーが感じられる。それはいつもの朗らかなフロナディアとは様子が違い、どこか必死さが感じられた。
そんなフロナディアを見て、しどろもどろしていたナップも真剣な表情になる。
ナップは僅かに俯き、そして言った。
「……愛かどうかはわかりません」
その言葉は曖昧であったが、ナップが巫女へ抱いている感情はただの護衛者としての気持ちを越えているのは明らかである。
心神流の免許皆伝を習得し、ナップが新しい巫女候補者の護衛となる事が決まった時、ナップは神官に案内されて修行中の巫女の元を訪れた。神官に遠くから指を指されて見た少女の姿は、ナップの目に神々しく、そして儚く映り。その時ナップは「この人を守りたい」と心の底から思ったのだ。
それが愛情なのかナップにはわからない。しかしナップはその少女の護衛の一人である事がとても誇らしく思えたのだ。
フロナディアは寂しげに、そしてはにかんだように笑った。
「ならば、必ず勝たねばなりませんね」
「……はい」
フロナディアがナップの手を解いた。そして行き場を無くした手でフラミンゴを強く握りしめる。
そこに係員が控え室の扉を開けて入って来た。
「さぁ、お二人共、出番です」
二人は立ち上がり、リングへと直結している扉の前に立つ。
そして扉が開かれた。
二人はリングへと歩みだす。
それぞれの想いを胸に抱き。
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