ナップの回想17

 数分後、ナップとフロナディアの二人は仲良く折り重なり、ゴディバドフの椅子にされていた。

「お、重いですわ……」

 ゴディバドフは二人の上で胡座をかきながら「さらば名剣よ」と言うと、チキンの骨を口に放り込みボリボリと噛み砕いた。名剣チキンボーンはカルシウムとなりゴディバドフの体内に吸収される。

「参ったか? 俺は強いだろう?」

「強い……強いから降りてくれ……」

「お前は強いか?」

「私は……弱いです」

 ナップが言うと、ゴディバドフは満足そうにウンウンと頷く。

「己の弱さを知る事は大事だからな」

 ゴディバドフは跳躍し、二人の前にズシンと着地した。解放されたナップとフロナディアは、数分ぶりに思いっきり空気を肺に送り込む。

「た、助かりましたわ……」

「剣聖様の仲間であったというのは嘘じゃなかったようだ……」

「だからそう言っただろう。出会った時は敵だったがな」

「まぁ。ではロックパンチ様は魔王軍におられましたの?」

「違う違う、ケンセイの奴は若い頃に闘技場荒らしをしていてな。その時に俺と戦ったのだ」

「なんと……ケンセイ様にそんな時期があったとは」

「それで、その試合はどちらが勝ちましたの?」

「試合自体は引き分けだったんだが、俺が七本で奴が六本だったから、まぁ、奴の勝ちだな」

 ナップとフロナディアの頭上にハテナマークが浮かぶ。

「六本とか七本ってなんの話だ?」

「折れた骨の数だ。いや……出血の量なら俺の方が……」

 何気無く語るゴディバドフに二人はゾッとした。

「しかし俺がお前達くらいの年の頃はもうちょっと強かったと思うがなぁ」

「あなたはわざわざ私達に強さ自慢をするためにここへ来たのか?」

「そうだと思うか?」

 二人はウンウンと頷く。

「まぁ、そんな所だ」

「修行の邪魔だから闘技場に帰ってくれ!」

「修行? 修行をするのか? どれ、見ていこう」

「さっき木の上から見ていただろ!」

「……あのブンブン振り回すやつか?」

「素振りだ!」

「あれが修行か?」

「修行の一環だ!」

「ほぅ、遊んでいるのかと思ったぞ」

「何を馬鹿なことを……あなたも武人であれば素振りくらいはしたことあるだろう?」

「無い」

 ゴディバドフはキッパリと言った。

「じゃあ、どうやって強くなったっていうんだ!?」

「そうだなぁ……ガキの頃から戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦っていたら気が付いたら強くなっていたな」

 ナップもそのような人間がいるという事は知っている。戦場に生まれ戦場に死ぬ者がいるという事を。しかしそのような生き方をして強くなるまで生きているのはごく僅かだ。

「修行をしているという事はお前達は強くなりたいのか?」

「……そうだ」

 フロナディアも頷いた。

「なら今夜も闘技場へ来い、試合を組んでやろう」

「どうしてそうなる!?」

「素振りをするよりも実戦を積んだ方が強くなれるぞ」

「怪我でもしたらどうするんだ! 下手したら死ぬんだぞ!」

 ナップの言葉を聞いてゴディバドフはスッと目を細め、低い声で言った。

「命を賭ける覚悟も無しに強くなろうなどと笑わせるな。小僧」

 突如発せられたゴディバドフのオーラにナップとフロナディアは気押される。

「ふむ……お前、勝たねばならないのに絶対に勝てないと思っている奴がいるだろう? お前の目の奥に誰かの姿が見える」


 それを聞いてナップはドキッとした。そしてムチャの姿を思い浮かべる。手練れの追っ手達を嵐のように次々と薙倒すあの旅芸人の姿を。以前ムチャの戦いをその目で見た時、ナップは「こいつには勝てない」と思った。トロンを連れ戻すためには必ず戦わねばならないとわかっているのに。


「そいつが誰かは知らないし興味もないが、きっとお前より強い覚悟を持って生きている。お前では一生勝てんだろうな」

 ナップは拳を握り締めた。

「そんな事だと勝利を得るどころかお嬢様一人を守る事すらできんぞ。もしお前達が本当に強くなりたいのならば今夜も闘技場へ来い。剣術ごっこがしたいだけならば一生そこのお嬢様と素振りと腰振りを続けていろ」

 サラリと下品な事を言ってゴディバドフは二人に背を向けた。そして昨夜と同じようになぜか庭を全力で駆け抜け、塀の向こうへと跳躍して消えた。

「ナップ様……大丈夫ですか?」

 フロナディアは心配そうに、唇を噛みしめるナップの肩に触れた。ナップはフロナディアを見た。

「ははは、全く失礼な奴ですね。剣聖様のお仲間とはいえ、あのような無礼な輩は好きになれません」

 ナップは笑って言った。

「ナップ様……」

「さぁ、フロナディア様。邪魔が入りましたが次は感情術の稽古に移りましょう。その後は筋力鍛錬です。我々は強くならねばなりませんからビシバシいきましょう!」

 そう言ったナップの声は僅かに震えていた。

「強くならねばなりませんからね」



 その日の夜、ケルナの町の外れにある闘技場に、白馬に跨り仮面を付けた二人の男女が現れた。彼等は剣術と感情術を駆使して戦い、時々危うい所もありながら何とか勝利を収めた。

その日、闘技場の支配人はなぜだかとても機嫌が良かったらしい。

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