ナップの回想16
その翌日の事である。
フロナディアは屋敷の庭で剣の素振りに汗を流していた。
フロナディアが握る剣は機能性と美しさを追求した特注品の高価な剣で、フロナディアが付けた名は「フラミンゴ」だ。
いつもの修行の様子と違うのは、ナップもその隣で剣を振っている事だ。昨日の一件から、ナップは己自身も鍛えねばなるまいと奮起し、フロナディアと一緒に修行する事に決めたのだ。
「あの、ナップ様」
剣を振りながらフロナディアは、隣で剣を振るナップに声をかける。
「何でしょうか、フロナディア様」
ナップは素振りをしながら返事を返した。
「あの方、ずっと私達を見ていますが」
素振りをするナップ達から少し離れた所に大きな木が生えている。その木の上では昨日屋敷へ侵入してきた半裸の髭もじゃの巨漢が、チキンを齧りながらナップ達の事をずっと見つめていた。
「無視しましょう。あの男はただの変人です」
ナップ達はゴディバドフを無視して素振りを続ける。
素振りを続けていると、ナップは剣術を始めたばかりの幼い頃を思い出す。心神流の寺院にある道場で、小さな手で子供用の木刀を握り、ブンブンと木刀を振るナップに、まだ魔王討伐の旅に出る前の剣聖が声をかけてくれた事があった。
中々筋がいいじゃないか
剣聖はそう言ってナップの頭を撫でた。その事が嬉しくて、ナップは毎日毎日毎日毎日剣術の稽古に励んだ。そのうち感情術の修行も始め、そしていつの間にか、若くして心神流の免許皆伝を取得していたのだ。
修行中は辛い事が多かった。何度も剣術をやめようかと思った。今思えば、あの時の剣聖の言葉がナップの修行時代を支えていたのかもしれない。
「全然ダメだな」
思い出に浸っていたナップの心にドカンと岩石が投げ込まれた。ナップが振り向くと、そこにはチキンの骨を舐めているゴディバドフがいた。
「ちょっと貸してみろ」
ゴディバドフはそう言って、ナップの剣を指す。
ナップが戸惑っていると、「これでよければ」とフロナディアがゴディバドフに自分の剣を差し出した。ゴディバドフは剣を受け取り、言った。
「見てろ、剣はこう振るんだ」
ゴディバドフは剣を軽く振り上げ、一歩前に踏み込む。
「ムン!」
そして雑なフォームではあるが力強く振り下ろした。
ズドドドドドォン!!
轟音が響き渡り、剣から放たれた衝撃波でまるで大地魔法を使ったかのようにグリームス邸の庭が割れた。土砂と芝生が辺りに舞い散り、ナップとフロナディアの頭上から降り注ぐ。
「まぁ! 凄いですわ!」
「……あ……あ……」
フロナディアはキラキラと目を輝かせ、ナップは驚きのあまり金魚のように口をパクパクさせている。
「いい剣だな。やってみろ」
ゴディバドフはフロナディアへ剣を返した。
「わかりましたわ!」
フロナディアは剣を振り上げる。
「できるか!!」
ナップはキレの良いツッコミを入れた。
「何だ今のは!? 魔法か!?」
「違う。気合いだ」
「気合いであんな事ができるか!」
ナップが指差した先には、修復には丸一日かかるであろう程に大地が捲れ上がった庭がある。
「俺はできる」
「私にはできない!」
「お前は弱いからな」
「弱く…………ない!」
「いや、弱いだろ。昨日の試合だって女に助けられて情けないとは思わんのか?」
「ぐ……」
それを言われるとナップは何も言えなくなってしまった。
「ナップ様は弱く無いですわ!」
しかしフロナディアがゴディバドフの前に立ち、ナップのフォローに入る。
「……そうか、それならちょっとかかってこい。二人一緒でいいぞ」
突然のゴディバドフはそんな事を言い出した。
「かかってこいって、あんた素手じゃないか」
「これでいい」
ゴディバドフの手には、さっきまで食べていたチキンの骨が握られている。
「何をバカな……」
「負けるのが怖いのか? チキンなのか?」
ゴディバドフはナップとチキンの骨を見比べた。その仕草にナップは怒りを覚えた。
「……よほど自信があるようだな。怪我をしても文句は言うなよ」
「ナップ様、やりましょう!」
ナップとフロナディアはそれぞれの愛剣を構える。
「さぁ、こい」
ゴディバドフの言葉を合図に、二人は同時に地を蹴った。
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