ナップの回想15

「今日のお前達の試合は実に無様な試合だったが、戦いの後は性欲が増すそうだぞ」

 ゴディバドフはボリボリと腹を掻きながら言った。

「そのようなつもりはない! それより、なぜ闘技場の支配人がここにいるんだ!?」

「お前達の匂いを追ってきたのだ。俺は鼻が良いからな」

「そういう事を聞いているんじゃない! ここに来た理由を聞いているのだ!」

 ナップが言うと、ゴディバドフは再び腕を組む。

「貴様、感情術を使っていたな。心神流の剣士か?」

 ゴディバドフの問いに、ナップは少し考えて答えた。

「……いかにも」

「やはりそうか。お前ケンセイを知っているか?」

「ケンセイ……剣聖、エクセルケイド・ソードスター様か?」

「そう、エクセルケイド! そいつだ。ケンセイは元気にしているか?」

 どうやらこのゴディバドフという男、ナップの尊敬する剣聖の事を知っているらしい。剣聖の名を軽々しく口にするこの髭もじゃの事をナップは気に食わなかったが、律儀に返事を返す。

「最後にあったのはしばらく前だ。少なくともその時はお元気でおられた」

 ナップがそう言うと、ゴディバドフはうんうんと頷く。そして。

「そうか、なら良いのだ」

 と言うと、踵を返して窓から外へ出ようとする。

「待て待て待て待て待て!!」

 気になる事を言って立ち去ろうとするゴディバドフをナップが止める。

「えーと……ロックパンチ殿! あなたは剣聖様のお知り合いなのか?」

 ナップが問うと、ゴディバドフは振り向いて答える。

「そうだ。あいつとは旅仲間でな。共に魔王を倒したのだ」

 それを聞いたナップは目を見開いた。

「何だと!? ではあなたは剣聖様と共に魔王を倒した仲間の一人……」

「そういう事だ。じゃあな」

「あ! 待ってくれ!」

 ナップはゴディバドフを引き止めようとしたが、ゴディバドフはすでに窓の外へと跳躍していた。そして凄まじい速さで庭を駆け抜け、一跳びで屋敷の塀を飛び越える。そして屋敷の外に停めてあったアーマーライノス(鎧犀)に跨り、そのままどこかへと去って行く。

 ナップとフロナディアはそれを呆気にとられて見送った。

「あの方が言っていた事は本当でしょうか? 勇者様の仲間だと……」

「まさか、そんな筈は無いでしょう。あんな変人が剣聖様の仲間だなんて……それに剣聖様のお仲間は魔王との戦いでほとんど亡くなられているはずです」

 ナップは窓を閉め、ベッドへと腰かける。フロナディアもそれに習った。そして二人は、ナップの手元に残された名刺と、名刺が突き刺さった扉の跡を見比べる。

「魔法も感情術も使わずにどうやったらこんな紙切れが扉に突き刺さるんでしょうか?」

「さぁ……?」

 結局その日、二人のムードが再び盛り上がる事は無かった。

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