ナップの回想12
「……あなた方、それでも男ですか?」
フロナディアは静かな声で自らを羽交い締めにするゲニルへと問うた。
「男だの女だの関係ねぇんだよ。ここでは勝った奴が正義だ。ろくに戦いもしねぇてめぇがどうこう言うんじゃねぇよ」
その言葉にフロナディアはキレた。フロナディアの心にメラメラと怒りの感情が湧き上がる。
卑怯なゲニルとグナルの兄弟、そしてワガママを言って闘技場へ連れて来て貰った自分、ナップに守られているだけの自分への怒りがフロナディアの鼓動を早くする。
フロナディアの体からゆらりと赤いオーラが僅かに立ち上り、ゲニルがそれに気付いた時にはもう遅かった。
「わかりましたわ」
フロナディアはそう言うと、大きく息を吸い込み、ゲニルの太い腕にガブリと噛み付いた。
フロナディアの八重歯がゲニルの腕に深々と刺さり、タワシのような毛の生えた皮膚を突き破る。
「ギャァア!!」
思わぬ反撃を受けたゲニルは、激痛に悲鳴をあげてフロナディアを手放した。解放されたフロナディアは素早く振り返り、腕を押さえて目に涙を浮かべているゲニルに渾身の前蹴りを放つ。
フロナディアの長い脚で放たれた前蹴りは、綺麗なフォームで吸い込まれるようにゲニルの股間へとジャストインパクトした。蹴りが股間へとインパクトした瞬間の激痛は、腕を噛まれた時の激痛とは桁が、いや、痛みの質が違う。内臓を直接殴られたかのような不快感、命の危険を感じる程の脳まで突き抜けるような衝撃、一瞬にして腹から喉まで生命そのものが込み上げてくる恐怖。腕を噛まれた表面的な痛みとは一線を画しているのだ。
「……っは……はっ……ぁあ」
ゲニルは白目を剥いて、口をパクパクさせながら地に膝をつく。
「ごめんあそば……せっ!!」
ゴシャッ
膝をついたゲニルが重力に任せてリングへと倒れこむ瞬間、フロナディアのアッパーカットがゲニルの顔面へと炸裂する。ゲニルの巨体が倒れこもうとする自重と、フロナディアの女性とは思えぬ腰の入ったアッパーカットがカウンター気味に交錯し、ゲニルの鼻骨を砕いた。前に倒れそうになっていたゲニルはフロナディアのアッパーカットに弾かれ、勢い良く背後に倒れる。そして後頭部をリングに強かに打ち付け、沈黙した。
フロナディアはゲニルを見向きもせずに、足元に落ちていたナップの剣を素早く拾う。その剣はフロナディアの想像以上に重かった。
フロナディアがゲニルに噛み付いてからこの間約三秒。グナルはまだナップ叩きに夢中になっている。
「おやめな……さいっ!!!!」
フロナディアはそんなグナルの背後に駆け寄り、後頭部に渾身の力で剣の腹を叩きつけた。
バチコーン!!
鉄の塊で後頭部を強打されたグナルは、もんどりうってナップへと倒れこむ、ナップとグナルは互いに勢い良く額をぶつけ、目の前に星が散った。
フロナディアは剣を構え、グナルとゲニルに、いや、闘技場全体に聞こえるように言った。
「あなた方! これ以上続けると言うのならば、この私がお相手致しますわ!!」
あまりに突然の逆転劇に、観客達はポカンと口を開ける。
「フロナディア……様……」
それは顔面をパンパンに腫らし、鼻血をダラダラと流しているナップも同じであった。
「てめぇ……やりやがったな……」
グナルは額を押さえながら、目の前にいるナップを押し退けて立ち上がろうとしている。
ナップはグナルに押さえつけられながらも、グナルの背後にいるフロナディアの姿を見ていた。
フロナディアは剣を中段に構え、深く息を吸い込む、フロナディアから立ち上る赤いオーラが強くなり、そのオーラが剣先へと集まる。そしてフワリと剣を振り上げた。
それはあの夜、ナップがフロナディアに伝授した技に似ていた。
「避けろ!!」
ナップは腕を伸ばし、グナルの服を掴むと、力任せに横に引いた。グナルは姿勢を崩し、フロナディアの正中線からズレ、再びナップへと倒れこむ。
ふぉんっ
その瞬間、フロナディアの握る剣が流れるように振り下ろされた。
スコン
振り下ろされた剣は、グナルの顔面すれすれを通り、まるで豆腐を切る包丁のようにリングへと刺さった。断ち切られたグナルの長髪が、ハラハラとリング上に舞い散る。
グナルの顔がサァッと青ざめた。
ナップの顔も青ざめていた。
「あれ? 抜けませんわ!」
フロナディアは踏ん張り、リングに突き刺さった剣をグイグイと引き抜こうとしている。少し離れたところでは、ゲニルが、泡を吹いて気絶しているのが見えた。
「言っておくが、彼女がこれ以上激昂すると私にもどうなるかわからん。どうする?」
ナップは上に乗っかっているグナルに囁いた。
「ギブアップで……」
グナルは縋るような目でナップを見た。
「……懸命だ」
こうして、勘違いにより始まったナップとフロナディア対グナルとゲニル兄弟の戦いは終わった。
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