ナップの回想11

 ナップはかつて、護衛すべき人を護れなかった事を思い出す。

 心神教の巫女となるべきはずだった少女の事を。

 全裸に覆面姿の変態に拐われて、彼女が空高く飛んで行くさまを、ナップはポカンと口を開けて見ている事しかできなかった。

 だからナップは、絶対にフロナディアを護ってみせると心に誓った……のだが。


「おぶっ!! へぶっ!!」


 数分後、ナップはグナルとゲニルの兄弟にボッコボコにされていた。数分前までナップは確かにカッコ良かった。ゲニルとグナルの二人を相手に、感情術を駆使しながら善戦していたのだ。

 観客達は歓声をあげ、フロナディアは惚れ惚れとした顔でナップの活躍を見守っていた。それはこの闘技場の新たなるスターの誕生を予感させる戦いぶりであった。

 しかし、ナップが戦い始めてしばらくした頃、ナップ一人に苦戦していたグナルとゲニルが目配せをした。するとゲニルは唐突に斧を手放し、ナップへと捨て身で抱きつく。

「なっ……!? 貴様! 離せ!!」

 ガッシリとナップを抱きしめて離さないむさ苦しいゲニルから逃れようともがくナップの眼前で、グナルが人差し指をナップの顔に向けてビシッと指した。そして。

「グナ〜ル、グナ〜ル」

 と唱えながらグナルが指をクルクルと回しはじめると、ナップの意識がぼんやりとしてくる。それはいわゆる催眠術というものであった。

「グナ〜ル、グナ〜ル、あなたはだんだん弱くな〜る」

 なぜか目の離せないグナルの指先を見ていると、ナップの体から力が抜け、手にも力が入らなくなってくる。握力は既に剣を落とさないように握っているので精一杯であった。

「な……んだ……これは……」

 グナルは武人でありながら、趣味で始めた催眠術が達人級の腕前でもあったのだ。

「よし……と」

 催眠術をかけ終えたグナルは、ゲニルにナップを離すように言うと、拳を握り締め、ふらふらと立っているナップの顔面にパンチを見舞った。

「げふっ!」

 殴られたナップの鼻から鼻血が噴き出し、先程とは逆にナップがリングに転がされる。

「き……貴様! 何をした!? 卑怯だぞ!」

 ナップは鼻血を噴き出しながら叫んだ。

 そんなナップにグナルが指を指して偉そうに言う。

「お前はまぁまぁ強い!! 勝負ではお前の勝ちだ!!」

 そして言葉を続けた。

「だが、試合には俺達が勝つ!!」

 そしてグナルはナップに蹴りを入れた。

「せめてもの情けに命だけは勘弁してやろう!」

 グナルはそう言いながら、ゲニルと二人でナップをげしげしと踏みつけ始めた。

「あなた達! 卑怯ですわ!」

 ナップへ駆け寄ろうとするフロナディアに気付き、ゲニルがフロナディアを羽交い締めにする。

「離しなさい!! 卑怯者!!」

「残念だったな、勝負とは非情なんだよ。だが、あんたに手を出さない約束は守るぜ」

 フロナディアはジタバタと暴れるが、腕力ではゲニルには敵わない。催眠術により力の入らないナップは、グナルにボコボコにされるがままになっていた。闘技場にはナップの殴られる音が響き渡る。それは闘技場の客達が望んでいた残酷な展開であった。


 いいぞー! ロン毛ー!

 もっとやれー!

 ブチ殺せー!


 リング上には観客達からの無慈悲な歓声が降り注ぐ。

「貴様……許さん……」

 ナップは力の入らない腕で、辛うじて握り締めている剣を振るおうとした。

「おっと」

 しかし、グナルに腕を蹴り飛ばされ、遂に剣すらも手放してしまう。

「中々根性はあるようだな」

 そう言ってグナルは更にナップを踏みつけた。


 カランカラン……


 蹴り飛ばされたナップの剣がリングを転がる。そしてそれは、ゲニルとフロナディアの目前まで転がって来た。

 それを見たフロナディアの目に、怒りの炎が宿った事に、フロナディアを羽交い締めにしているゲニルは気付いていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る