ナップの回想10

 試合開始の合図と共に、ゲニルと呼ばれたスキンヘッドの男が駆け出した。そして斧を振るい、ナップへと襲いかかる。ナップは上段から振り下ろされたゲニルの斧をなんとか受けるが、その力はかなりのもので、剣から伝わる衝撃でナップの腕はビリビリと痺れた。

(この男、攻めは荒いが凄い力だ……!!)

 ナップはフロナディアを背後に庇いながらゲニルと距離を取る。

「まだまだ!」

 ゲニルは俊敏とは言えないが、その巨体に似合わぬステップでナップを追う。

「いいぞゲニル、その調子だ!」

「おうよ兄者!」


 このゲニルという男、以前はルイヌという町でゴロツキ達を束ねて悪行を重ねていたのだが、半獣の少女を巡ってとある旅芸人の少年少女と一悶着あり、その時にボコボコにされた事から改心し、武人である兄に弟子入りし、修行を重ねているのだ。元より喧嘩では負け無しであったゲニルは、兄との厳しい修行によりその強さを増していた。


 しかし、単純な力では及ばずとも、経験も技の練度もナップの方が上手である。ナップは何度目かのゲニルの攻撃を、剣を滑らせて受け流した。するとゲニルは勢い余って体制を崩す。そこにナップの渾身の蹴りが飛んだ。ゲニルはナップの蹴りにより、後方へと飛ばされる。するとゲニルの背後から、大剣を構えたグナルと呼ばれた男が斬りかかってきた。

 ナップはゲニルの攻撃により痺れた腕で何とか剣を構えなおし、グナルの横薙ぎに振るわれた剣を受ける。

「どうした? 貴様一人で俺達と戦う気か?」

「違う! 私達はお前達の対戦相手ではない! 現に彼女は武器も持っていないだろう!?」

「そう言って油断させる気なのだろうがそうはいかない!!」

 どうやらこの男も司会者と同じで話が通じないようだ。

 その時、ナップの背後にいるフロナディアが声をあげた。

「ナップ様!!」

 ナップがグナルの剣を受けている反対側から、体制を立て直したゲニルがナップへと斧を振るおうとしている。グナルとの鍔迫り合いで手の塞がれているナップでは、ゲニルの斧を受けられない。

 フロナディアは咄嗟にナップの背後から飛び出し、ゲニルへと体当たりをした。

 しかし、細身のフロナディアの体当たりではゲニルの体制を僅かに崩しただけであった。

「邪魔をするんじゃねぇ!!」

 ゲニルの放った裏拳がフロナディアの胸を打ち、フロナディアは弾き飛ばされる。

「かはっ……!」

 ゲニルの怪力で胸を打たれたフロナディアは、苦しげに息を吐き、リングの上に転がった。

「フロナディア様!!」

 それを見たナップは激昂する。

 ナップが深く息を吸い込むと、ナップの体から赤いオーラが立ち上った。そして力強くグナルの剣を弾くと、ゲニルへと襲いかかる。

「怒の剣……憤怒衝!!」

 ゲニルは咄嗟にナップの剣を受けた。しかし、ナップの体から立ち上るオーラが剣を伝い、衝撃となりゲニルの斧へと流れる。そして衝撃は斧からゲニルへと伝わり、ゲニルの巨体を吹き飛ばした。

「がぁっ!! こ、これは……!?」

 それはかつてルイヌの町で旅芸人の少年が放った技によく似ていた。もっともその威力は少年の方がずっと強かったが。

「武器も持たぬ女性に手をあげるとは、それでも貴様は男か!?」

 そして今度はナップの下半身から黄色いオーラが立ち上る。

「喜の技……喜麗脚!!」

 ナップはその場から素早く跳躍し、ナップへ再び斬りかかろうとしていたグナルの顔面に蹴りを数発叩き込む。

「ぐぼっ……!!」

 グナルは鼻血を撒き散らしながらリングに転がる。

 ナップは蹴りを放った反動でくるりと宙返りをし、胸を押さえて倒れているフロナディアの前に着地した。

「フロナディア様、大丈夫ですか?」

 ナップはグナルとゲニルを警戒しながら、振り向かずにフロナディアに声をかける。

 いつも穏やかなナップの秘められた強さを目の当たりにし、フロナディアは驚きながら一言「……はい」と返事を返す。

 そして一瞬のうちにゲニルとグナルを地につけたナップに、観客達が湧いた。


「おいおい! ヘタレかと思っていたらなかなかやるじゃねぇか! しかし相方は何やってるんだ!? まるっきりお荷物、まるで王子様に守られるお姫様だな!」

 司会者の言うことはあながち間違いではなかった。


 ナップはフロナディアの前に仁王立ちになり、剣を構える。そして言った。

「まだやると言うのならば容赦はしないぞ」

 しかし、ゲニルとグナルは巨体に見合ったタフネスを持っているようで、少しふらつきながらもなんとか立ち上がった。

「なるほど、感情術か……そしてその剣を見るからに、貴様は心神流の剣士だな」

 鼻血を拭いながらグナルが問うた。

「女性に手をあげるような外道に答える必要は無い」

 ナップはピシャリと言った。

「殴ったのは弟だろ……だがな、闘技場では男も女も関係は無い。誰であろうと命を賭ける覚悟を決めてリングに上るべきだ」

 そう返してグナルは剣を構える。

「兄者の言う通りだ。武人として名をあげるために俺達はここにいるんだぜ!! あと……金のためにな」

 そう言ってゲニルも斧を構えた。

「ならば私が一人でお前達の相手をする。彼女には手を出すな」

「そんな……ナップ様!!」

「フロナディア様、私は男としてあなたを守らねばなりません。どうか私を信じてご自分の身だけを案じていて下さい。……さぁ、どうする?」

 ナップの提案にグナルは少し考え、ゲニルをチラリと見る。そしてゲニルが頷くと、グナルはナップに視線を戻して言った。

「随分と舐めた提案だが良いだろう。ただし二対一でも容赦はしないぞ」

 第二ラウンドが始まろうとしていた。

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