ナップの回想9

 その時、ナップは少しだけ記憶を遡る。

 闘技場への入り口となっている屋敷に入るとき、喧嘩をしている連中がいた事を思い出した。確か連中の足元には、ナップ達が付けているのと同じ様な仮面が落ちていた。

(本来の闘技者はあいつらか!)

 ナップが気付いた時、司会者が続けて言った。

「続いて対戦相手入場! ルイヌの町の壊し屋コンビの登場だ!」


 ナップ達が立つリングの対面から、ナップ達と同じように石畳を歩いて二人の大柄な男が歩いてくる。一人は筋肉質な肉体に頭はスキンヘッドで、かなりの強面、肩に大振りな斧を担いでいる。もう一人の男はスキンヘッドの男と対照的に長髪で、無精髭を生やしているが、ナップに負けず劣らずの二枚目顔であり、これまた大振りな剣を携えている。


「ぐはは! グナルの兄者、仮面なんか付けてカッコつけてるが、随分ひょろっちい奴等が相手だぜ!」

「油断するなよゲニル。奴等を叩き潰して修行の成果を観客達に見せつけてやれ」


 男達はニヤリと笑った。

「ナップ様……対戦相手って……」

 ここまできて呑気なフロナディアはようやく状況を理解し始めたようだ。不安げな表情でナップに寄り添う。

 ナップは一段高くなっている司会者席に座っている女性に言った。

「ちょっと待ってくれ! 私達は試合の参加者じゃない! 手違いで連れてこられたんだ!」

 ナップの言葉に、司会者の女は「はぁ?」と馬鹿にしたように返す。

「なんだい、あんたら怖気付いたっていうのかい? だけど一度リングに上がったからにはタダで降ろすわけにはいかないよ!」

「だから違うんだよ! あんたらの所の係員が……」

「グダグダ言ってんじゃないよ! 死ぬのが怖いなら最初からリングに上がらなければいいんだ」

「俺達を連れてきた係員を呼んでくれ! 彼の勘違いで私達は……」

「しつこい奴だね、もしリングを降りるって言うならここにいる観客達が黙っちゃいないよ!」

 どうやら司会者には話が通じないようだ。

 そして司会者の言葉にガラの悪そうな観客達が賛同の声を上げる。


 そうだそうだ!

 チキン野郎が!

 俺が殺してやろうか!?


 早く血生臭い試合を見たい観客達の怒りの声がナップに浴びせられた。観客達は二人がリングを降りればおそらく本気で襲いかかってくるであろう。

 目の前の二人を倒してリングを下りるか、それともフロナディアを連れて観客達全員を相手にして脱出するか。勝算の高いのがどちらかは明らかであった。

 しかし、ナップはともかくフロナディアは剣を所持していない。元来剣士でなくただのお嬢様なのだから当然と言えよう。用心のために持たせれば良かったとナップは後悔する。

「ナップ様……」

 フロナディアは相変わらず不安げな表情でナップを見つめる。ナップはそれを見て、戦う覚悟を決めた。

「大丈夫ですフロナディア様、私がお守り致しますから」

 ナップがフロナディアに向けたぎこちない笑顔、フロナディアは以前その表情を見た事があった。それはかつて隻腕の門番がフロナディアに見せた表情に似ていた。


「さぁ、チキン野郎共、ブチ殺される覚悟はできたかい?」

「……わかった。やろう」

 司会者の言葉にナップは頷き、剣を抜く。そしてフロナディアを背に庇った。対面の二人組もそれぞれ斧と剣を携える。

「お前ら待たせたなぁ! それじゃあ、試合開始!」


 試合開始の鐘が鳴った。

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