ナップの回想8
屋敷から出たナップとフロナディアは、その足で馬屋へと向かい、フロナディアの愛馬シャンデリアをこっそりと連れ出して馬具を付ける。愛馬の名を呼ぶフロナディアに、ナップはなぜ名前がシャンデリアなのかとツッコミたかったが、他人のネーミングセンスに口出しするのはいかがなものかと思い、やめておいた。
「さぁ、参りましょうナップ様」
そして二人はシャンデリア(馬)に跨り、街の外れへと向かう。もちろん手綱を握るのはフロナディアだ。フロナディアの荒々しい馬さばきで疾風のように馳けるシャンデリアの上で、ナップは顔を青くしながらフロナディアの腰にしがみついていた。無事に闘技場まで着けるように祈りながら。
極力人通りの少ない道を駆け抜け、シャンデリアに跨った二人がたどり着いたのは、街の外れにある巨大な廃屋敷であった。ナップはフラフラとしながらシャンデリアから降り、門前から屋敷を見上げる。
「ここが……闘技場ですか?」
「そのはずですわ、この中に闘技場があるんですのよ。でもこの屋敷、以前昼間に様子を見に来た時とは雰囲気が全然違いますわね……」
その廃屋敷はボロボロで、まるでお化け屋敷のようであったが、屋敷全体が何やら得体の知れぬ熱気を放っている。
二人は屋敷の門をくぐり、数匹の馬が繋がれている所にシャンデリアをつなぐ。ナップが辺りを見渡すと、屋敷の庭には深夜とは思えぬ程に多くの人影があった。ただ、そのいずれもが非常にガラが悪く、四、五人程度人を殺めていそうな顔をした者、もしくは人を殺める事くらいなんとも思っていなそうな面をした連中ばかりだ。剣や斧や杖、更には見た事もないような刺々しい武器を持っている者もいる。
「フロナディア様、私から離れないで下さいね」
と言うと、さすがのフロナディアも物怖じしていたらしく、ナップの袖を掴みコクリと頷く。そしてローブの下から目だけを覆う仮面を二つ取り出して、ナップに手渡した。
「ナップ様、これを」
ナップは手渡された仮面を不思議そうに眺める。
「これは?」
「万が一身分がバレぬように持ってきましたの。ナップ様は必要無いかもしれませんが、良かったら付けてください」
フロナディアは用意周到であった。
ナップとフロナディアは仮面を付けて、屋敷の正面扉へと向かう。正面扉へと向かう途中、少し離れた所で殴り合いの喧嘩をしている連中がいた。ケルナの街は基本的に治安が良いが、この場所だけは例外らしい。
ナップ達は喧嘩に巻き込まれないようにそそくさと正面扉を開き屋敷内に入る。そこは広いホールであった。ホールの中心には真四角の大きな穴が空いており、その中には地下に通じているであろう石製の下り階段が見えた。穴の奥からは並々ならぬ禍々しい熱気が溢れてきており、熱気と共に「殺せ!」だの「刺せ!」だのと物騒な怒号が聞こえてくる。
二人はその異様さに寒気を感じた。
「フロナディア様、本当に行くのですね?」
「こ、これも修行のためですから」
「本当の本当に行くのですね?」
ナップが念を押すとフロナディアは少し躊躇して、覚悟を決めたように力強く頷く。
二人が覚悟を決め、階段を下りようとしたその時、ホール内にある複数の扉の一つが開き、中からピシッとした黒ずくめの服を着た初老の男が慌ただしく飛び出してきた。そして階段を下りて行こうとするナップとフロナディアを見つけ、叫んだ。
「あー! いたいた!」
その声に驚き、二人は足を止める。そんな二人に初老の男は駆け寄ってきて、ナップの腕を掴み、引っ張る。
「さぁさぁ、急いで下さい! こちらへどうぞ!」
「え? ちょっと! 何だ!?」
男は相当慌てているらしく、ナップの腕をグイグイと引っ張り、男が出てきた扉へと歩き出す。ナップは男に引っ張られながらヨタヨタとついて行く。
「もうすぐ試合が始まりますから!」
と男が言うが、ナップには何のことやらさっぱりわからない。ナップが混乱していると、フロナディアが言った。
「きっとお席に案内して下さるのですわ」
「え? そうなんでしょうか?」
「もうすぐ試合が始まるって言っていましたし、途中から試合を見ても面白くありませんものね」
「まぁ、それはそうですが……」
二人は先導する男について行き、扉を潜り、部屋を抜け、階段を下る。そして血の匂いのする小汚い部屋に入り、部屋の中にある小さな扉の前で男は立ち止まった。
「じゃあ、ここを真っ直ぐに進んで下さいね」
男が扉を開けると、扉の向こうには真っ直ぐに石畳が伸びており、奥には広い空間と、そこを囲うようになっている観客席が見えた。
「まぁ、特等席かしら?」
「しかし、試合内容が残虐であれば帰りますよ。あまりに一方的な試合を見ても修行にはなりませんからね」
二人が話していると、男が二人の背を押した。
「何してるんですか! 早く行って行って!」
ナップ達は男に促されるままに石畳を進む。
「お席は空いているでしょうか」
「さぁ……しかしフロナディア様、何やら嫌な予感がするのですが」
二人はキョロキョロしながら石畳を歩く、しかし観客席へと上がる道は無く、真っ直ぐ進んだ二人は、そのまま十五メートル四方の広い空間へと出る。そこからは観客席をぐるりと見渡すことができた。
その空間は地下にしては広いが、席数はせいぜい数百といった所であろうか。ちらほらと空きがあるが、そのほとんどがガラの悪そうな客達で埋まっている。
二人が辺りを見渡していると、魔法照明が二人にスポットを当てた。そしてどこからか司会者らしき女性の声が聞こえてきた。
「あー、次の試合は今日デビュー戦同士のタッグマッチだ。デビュー戦同士だからどうせしょっぱい試合になるだろうが、せいぜい盛り上げてくれよ!」
司会者の声に観客達が歓声をあげる。
そこでようやくナップは気がついた。そこがリングの上であるという事に。
二人は試合の参加者と間違われてリングに上げられたのだ。
まだ席を探してキョロキョロしているフロナディアの横で、ナップの顔がサァッと青ざめた。
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