ニパの謝罪

 翌日、ニパは本屋のカウンターの前で深々と頭を下げていた。カウンターを挟んだ向こう側にはシムが座っており、カウンターの上には雨水で染みのついた一冊の詩集が置いてある。

 シムは詩集を手に取り、眉をひそめた。

「本当にごめんなさい」

 ニパは頭を下げたまま、何度目かの謝罪の言葉を口にする。

 シムはしばらく詩集を見つめた後、

「うーん、気にしなくていいよ」

 と言った。

「え?」

 あまりにあっさりとした言葉にニパは困惑する。

「でもそれ宝物なんでしょう?」

 シムはコクリと頷き、ヨレた詩集のページをペラペラと捲る。

「うん。でも、燃えて無くなったわけじゃないし、ちゃんと読めるしね。だからそんなに頭下げないでよ」

 シムの優しい言葉と声に、ニパの涙腺から涙がこみ上げてきた。

 その時、シムは思わぬ人物の名を口にした。

「でも参ったなぁ。タリーに怒られちゃうかも」

「タリーに? どうして」

 ニパが問うと、シムはこう答えた。

「この詩集、タリーと付き合い始めて一カ月の記念日に貰ったやつなんだよ」

 それを聞いたニパは一瞬で凍り付いた。

「サインを貰った時も「記念のプレゼントなのに何でサイン書かせたのよ!」なんて怒られちゃって参ったよ」

 ニパの頭にシムの言葉は入って来なかった。

「まぁ、でもちょっと汚れてた方が宝物っぽいよね。あれ? ニパ、どうしたの?」

 ニパは凍り付いたままぎこちない笑みを浮かべる。

「そ、そう、でも、そういう記念の本を人に貸すのは……良くないと……オモウナァ」

「大丈夫大丈夫、タリーったら毎月のように記念日記念日ってプレゼントくれるから。女の子ってそういうのマメだよね」

 そう言ってシムはあっけらかんと笑う。

 ニパはそれからシムと何を話して、どうやって本屋から帰ったのか覚えていない。しかし、プレグとのガールズトークが二夜連続になった事は間違い無かった。


 その夜ニパは、ブドウジュースを煽りながら、

「もうプレグと結婚する!!」

 と言い、プレグは、

「……私はイヤよ」

 と言った。


それは、ムチャとトロンが闘技場での四戦目を控えた前日の出来事であった。

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