ニパの涙

 ニパはテーブルに駆け寄り本を手に取ると、恐る恐る本をひっくり返す。裏表紙に書かれたサインは雨により滲んでしまっていた。

『僕の宝物なんだ』

 ニパの脳裏にシムの言葉が何度もリフレインする。

 手がふるふると震え、いてもたってもいられなくなる。

「あーあ、それ、本? 怒られるわよ」

 ニパの手元を覗き込んだプレグが言った。

「……どうしよう」

 本を見つめながらニパが呟く。

「どうしようプレグ!」

 ニパは目に涙を浮かべてプレグを見た。

「あんたが窓閉めずに出掛けたのが悪いんでしょう?」

 プレグは呆れたようにため息を吐く。

「そうだけど……これ、これ! 大事な本なの! 何でもするから! 何でもするからこの本魔法で元に戻せない!?」

 ニパはプレグにすがりつく。しかしプレグの言葉は冷たかった。

「乾かすだけなら魔法でできるけど、元に戻すなんてできないわよ。魔法は万能じゃないわ」

「じゃあ……どうしよう……」

「私に聞かれても困るわよ」

「でも……」

「何かしでかしたのなら、償うしかないわよ。その本の持ち主があんたにとって大切ならね」

 プレグの言葉を聞いて、ニパは椅子に座り込んだ。

 濡れた服がぐしゅりと肌を濡らす。

「とりあえず着替えなさい。風邪ひくわよ」

 プレグは乾いたタオルをニパの頭に被せた。

「……ぐすっ、うえぇぇぇぇえ」

 情けなさと申し訳無さがニパの心を満たし、ニパの目から涙が溢れ出す。

 泣き出したニパを見て、プレグは何と声をかけるべきか迷っていた。ニパはこれまでプレグの前で涙を見せた事は無かった。どんな厳しい事を言っても、キツイ練習をさせても泣き言を言わなかった。そんなニパが目の前で泣いている。その悲しみを和らげる言葉をプレグは持ち合わせていなかったのだ。

 しばらく迷った後、プレグはニパに歩み寄り、頭に被せたタオルでグシグシとニパの髪を拭いた。

「そういうこともあるわ」

 プレグはポツリと呟く。

「生きていれば、悲しい事や情けない事なんていくらでもあるのよ」

 プレグもこれまでの人生で、今のニパのように泣いた事があった。

「さっきは償うしかないって言ったけど、それから逃げるのもあんたの自由よ。この街を出ればもう会うことも無いだろうしね、その本の持ち主にも」

 ニパはゆるゆると首を振る。

「そう」

 プレグはポンポンとニパの頭を優しく叩き、そしてニパに問いかける。

「片思い?」

 それはプレグらしからぬ野暮な質問であった。

「……わからない」

 ニパはたっぷり考えて言った。そしてプレグに問い返す。

「プレグは恋した事ある?」

 プレグは目を閉じた。

「……それを聞いたら、長くなるわよ」

 その日、雨音を聞きながらのガールズトークは深夜まで続いた。

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