ニパの痛み

「あら、珍しくお客さん?」

 タリーは戸惑っているニパに気付き、言った。

「珍しいとか言うなよ、客じゃなくて友達。ニパ、これ、幼馴染のタリー」

「これって何よ失礼ね。こんにちはニパ」

「……こ、こんにちは」

 ニパはタリーの差し出した手をおずおずと握った。

「ニパは闘技場で前座の仕事してるんだ」

「へぇー、まだ子供なのにすごいじゃん」

「俺も子供だけど店番してるだろ」

「シムは座ってるだけじゃない」

「それを言うなよなー」

 タリーはシムと親しげに会話を交わす。その様子はニパと話しているときのシムとは少し違うような気がした。

 シムと話すタリーの服装はいかにも街の女の子といったおしゃれな格好をしていて、それを見たニパは自分の男の子のような地味な服装が急に恥ずかしくなった。そしてシムとタリーが親しげに話している様子を見ていると、その場に居づらくて仕方ない感覚に襲われた。

「あの、シム、私そろそろ帰るね」

 ニパがそう言うと、タリーと話していたシムは驚いたような顔をする。

「どうして? まだ来たばかりじゃないか。また新しい本を貸すよ。オススメのがあるんだ」

「ううん、今日はいいよ」

 ニパは浮かない顔をしてシムの勧めを断る。

「えー、帰っちゃうの? お話したかったのに」

「帰って練習しなきゃいけないから……じゃあね」

 そう言ってニパはシム達に背を向けて店を出る。

「あ、ニパ!」

 シムはニパの背後から声をかけたが、ニパが立ち止まる事は無かった。



 本屋からの帰り道、ニパはモヤモヤとした気持ちを抱えながら歩いた。ニパの気持ちを表すように、空には厚い雨雲がかかっている。今にも雨が降り出しそうだ。

 ニパはなぜ自分の気持ちがこんなにモヤモヤとしているのかわからなかった。しかし、シムとタリーのやり取りに、自分とシムの間には無い何かを感じて、それが原因だという事は何となくわかった。


 なぜこんなにモヤモヤするんだろう。シムは私の友達で、タリーはその幼馴染、それだけのことだ。


 そう思おうとしたが、考えれば考えるほどニパのモヤモヤは膨れ上がる。


 あの子はおしゃれで

 普通の子供で

 シムの幼馴染で

 半獣人じゃなくて


 ポツ……ポツポツ……


 やがて、ポツポツと雨粒がニパの肌を叩き始めた。街の人々が慌ただしく動き出す。

 やがて雨が強くなり、ニパの全身を濡らす。しかしニパは雨に濡れながらわざとゆっくりと歩いて帰った。雨が自分にまとわりつく嫌な気持ちを洗い流すように。

 雨音を聞いていると、ニパの気持ちは少しだけ晴れた気がした。


 宿に戻ったニパを待っていたのは、プンプンと憤慨しているプレグであった。

「ちょっとニパ! あんた窓閉めたって言ってたでしょ!」

 どうやらニパは窓を閉め忘れて出かけてしまっていたらしい。窓際に吊るしてあったプレグのローブから、雨水がシタシタと滴っている。

「あ! ごめんプレグ!」

 憤慨するプレグにニパは慌てて謝る。そして頭を下げようとした時、ニパの目に窓際のテーブルが映った。そこには一冊の本が置いてある。

 それはシムから借りた詩集であった。シムはその本を宝物だと言っていた。


 窓際のテーブルに置いてあった詩集は、じっとりと雨に濡れていた。

 ニパの顔がサァッと青ざめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る