ニパとシム

 ニパはアレルの街を駆け抜け、シムが店番をしている小さな書店へと向かう。そして書店の側にある雑貨屋に鏡が売っているのを見つけると、鏡に自分の姿を写してささっと身嗜みを整えた。ニパはシムと知り合うまでプレグに身嗜みを整えてもらっており、それを面倒だと思ってすらいたのだが、シムと知り合ってからはちゃんと自分で身嗜みを整えるようになっていた。

 身嗜みを整えたニパは、深呼吸をして書店へと入る。

「こんにちは」

 ニパが書店に入ると、シムは今日も書店のカウンターで本を読んでいた。

「いらっしゃい。あ、ニパ」

 ニパに気付いたシムはカウンター越しにニパにヒラヒラと手を振った。

「この本面白かったよ」

 ニパは手にした本をシムに手渡す。あれからもニパは頻繁に書店に通い、シムに本を借りていたのだ。しかしニパが書店に通っていたのは本を借りる為だけではなかった。

「でしょう! この本、ニパが好きだと思ったんだ」

「うん、主人公が最後に旅立つシーンですっごくジーンってきちゃった」

 本の感想を告げるニパの顔はほんのり赤らんでいる。

 それから二人は本の内容について色々と談義を交わした。


「最初は幼馴染の事を嫌な人だと思ってたけど、主人公に冷たく当たる事情がわかったら見る目が全然変わっちゃって……」

「そうそう、辛い過去があるのが主人公だけじゃないっていうのがわかると急に話に重みが出てくるんだよね」


 ニパはそれまでの人生で同世代の友達というものがおらず、また、友達を作る余裕も機会もなかった。なのでシムという初めての同世代の友達ができて嬉しかったのだ。

 シムは本に詳しく、ユニークで、話す事が上手とは言えないニパの話をよく聞いてくれた。そんなシムに、ニパは本屋に通ううちに、友情とは別の淡い感情を抱くようになっていた。もっとも、ニパ本人はそれが何かは理解していないが。


「そういえば、前に貸した詩集は読んだ?」

 話していると、シムが思い出したようにニパに言った。

「うん、まだ途中までだけど。素敵な詩ばっかりだよね。一気に読むのが勿体なくて毎日少しずつ読んでるんだ」

「あ、その気持ちわかる。あの詩集、裏表紙にサインが書いてあるの気付いた?」

「うん」

「あれは作者がたまたまこの街に立ち寄った時に書いてもらったサインなんだ」

「えー! すごーい! 本当?」

「もちろん本当さ、あれは僕の宝物なんだ」

 シムは少し恥ずかしげに言った。

 その時、本屋の戸口に一つの人影が現れる。

「やっほー、シム」

 それは、ニパやシムと同年代と思われる、着飾った可愛らしい少女であった。

「よう、タリー」

 シムは少女をタリーと呼び、親しげに挨拶を交わす。


 その時、ニパの胸にツキンと小さな痛みが走った。

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