ナップの回想1

 約一月前、ナップはムイーサの要塞から数キロ離れたケルナの街にある、グリームス家の屋敷の一室にいた。

材質は何かわからぬが、高価そうな椅子に座り、目の前には紅茶の注がれた、これまた高価そうなカップが置かれている。

「しかし遅いな」

 グリームス家の当主であるリボシー・グリームスはチラリと時計を見た。

「まぁ、女性の身支度は時間がかかりますからね」

 ナップは目の前に置かれたすっかり冷めてしまった紅茶を啜る。

 ナップはリボシーの頼みで、リボシーの孫娘に会うためにグリームス家の屋敷を訪れていたのだ。

 しかし、リボシーの孫娘が指定した約束の時間を過ぎても、リボシーの孫娘は一向に姿を現さない。リボシーはナップに頭を下げ、

「様子を見てこよう」

 と言うと、席を立った。

 部屋にはナップのみが残される。

「……はぁ」

 ナップは深いため息を吐いた。

「早く巫女様を追わねばならぬというのに……」

 皆は忘れているかも知れぬが、ナップにはトロンを心神教の寺院に連れ帰るという重要な任務があるのだ。しかし頼まれるとNOと言えないお人好しナップは、旅立ちの前にノコノコとこの屋敷へとやって来たのだ。

 ナップが紅茶を啜っていると、背後に何やら不穏な気配を感じた。

「……誰だ?」

 ナップが振り返ると、そこにはドレスを着て、なぜか木刀を構えた女性がいた。ドアや窓が開いた様子は無い。どうやらずっと室内に隠れていたらしい。

「ナップ様、お覚悟を!」

 女性はそう言うと、ナップへ向けて木刀を振り下ろす。ナップはそれを素早く躱し、傍に立てかけていた剣を手にした。

 振り下ろされた木刀がテーブルに置いてあるカップソーサーを叩き割る。その太刀筋は、ドレス姿の女性が振るったものとは思えぬ程鋭かった。

「何者だ!?」

 ナップの問いに答えず、女性は更にナップに木刀を打ち込む。

 ナップはそれを剣の鞘で受けた。

(この女、強い!)

 ナップが受ける女性の剣は、女性の物とは思えないほど力強く、そして早く、鋭い。

(気を抜けばやられる!)

 そう思ったナップは、気を貯めて体から青いオーラを立ち上らせる。

「哀の剣……悲雨!」

 ナップは見切りに特化した感情術により女性が上段から振り下ろした剣をスルリと受け流し、流れるように背後に回り込むと、鞘付きの剣を女性の背中にピタリと突き付けた。

「何者だ?」

 先程と同じ問いをナップが投げかけると、女性は木刀を床に落とし、言った。

「やっぱり、英雄の剣は一味違いますわね」

「何者かと聞いている」

 ナップが三度問うと、女性は振り返りナップの目を見てニコリと笑った。

 女性の年の頃は十代後半であろうか。よく見れば美しく、育ちの良さそうな品のある顔立ちをしているが、どこかおてんばな印象を受ける。


「私、フロナディア・グリームスと申します。お会いしたかったですわ。英雄ナップ様」


 ナップはあんぐりと口を開けた。

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