謎の商人、再び。

「こらー! 待ちやがれ!」

「ゴールド返せー」

 まだ昼前の人混みで賑わうアレルの街中を、ムチャは走りで地面から、トロンは杖で空中から、とある人物を追いかけていた。

「ひぃ……ひぃー……」

 すれ違う人々にぶつかりながら二人から逃げ惑う全身に黒い布を纏った怪しい人物は、先日ムチャとトロンに詐欺を働いた商人であった。

 先程ムチャとトロンが街中を歩いていると、子供達に何やら怪しい商品を売りつけようとしている黒尽くめの商人を偶然見つけたのだ。そこでムチャが。

「あー! 詐欺商人! パン代返せ!」

 と怒鳴ると、商人は子供達をほっぽり出して慌てて逃げ出し、現在に至る。

 逃げる商人を追いかける二人を、街の人々が次々と指をさす。


「あ、闘技場の芸人コンビだ」

「何してるんだ?」

「トロンちゃーん!」

「何かの宣伝か?」


 二人はすっかりアレルの街で有名人になっていた。

 商人が路地に逃げ込み、二人もそれを追って路地に入る。そして角を数回曲がった時、トロンは見覚えのある面々がたむろしているのを商人の行く先に見つけた。それは先日トロンとカリンが退治した泥棒とその仲間達である。

「その人止めてー!」

 トロンが叫ぶと、泥棒一団はトロンの方を見た。そちらからは謎の商人、そしてムチャとトロンがすごい速さで突っ込んでくる。

「「ぎゃあ!!」」

 トロンを見て先日ゲロまみれにされた男達は、トラウマを思い出して悲鳴をあげた。

「その黒いのを、とーめーてー!」

 逃げ出そうとする男達であったが、トロンの吊り上がった目を見て、またゲロまみれにされたらたまらんと、素直に従う事にした。そして男達は間を走り抜けようとする商人に次々とタックルし、地面に押さえつける。

「……ぐぇ」

 男達にのしかかられた商人は、ぐったりと地に伏せてその動きを止めた。

 その側にトロンがフワリと舞い降りる。

「あ、姉さん……いや、お嬢さん。これでよろしいですか?」

 男達の一人がおどおどしながら言うと、トロンは。

「よろしくてよ」

 とお嬢様っぽく言って、ムチャと一緒に商人のローブを掴んでズルズルとどこかへ引き摺って行った。

「……あの子、彼氏いるのかな?」

 一人の男が呟くと、他の一同は冷たい目でその男を眺めた。


 二人は商人を引き摺り、路地裏でも更に人気の無い所へ連れて来た。

 商人が逃げられぬように、トロンが出した魔法の縄で足を縛り付け、ムチャが商人に凄む。

「おうおう兄ちゃん……いや、姉ちゃん?……いや、おっちゃん? おばちゃん?」

「それはどうでもいいよ」

「だな。おうおう! 酷い商売してくれるじゃねぇか! よくこの辺ウロついていられたな!」

「ひぃっ! お二人はもうこの街にいないと思っていたので……」

 商人は相変わらず男か女かすらわからない声をしている。

 商人が怯えると、トロンも凄んだ。

「えーと、奥歯ガタガタ……奥歯ガタガタだよ」

「それだとトロンの奥歯がガタガタしてるみたいだぞ」

「あ、そっか。とりあえず奥歯だ」

 トロンが意味不明な事を言い、商人はまたビクッと体を震わせる。

「とりあえず、先日のパン代を返して貰おうか」

 ムチャが手を差し出すと、商人はブルブルと首を振る。

「いやいや、ちょっと待って下さい。あれは手違い、手違いなんですよ!」

「手違い〜?」

「そーなんです! 本物の食べても無くならないパンと、ただのパンを間違えて渡しちゃったんですよ」

「ふーん。じゃあ、本物ちょうだい」

 トロンに言われ、商人は背負っていた大きなカバンを下ろし、中をガサゴソと漁る。そして何の変哲も無いパンを取り出してムチャに渡した。

「はい、これです。試しに食べてみてください」

 ムチャはパンをしげしげと眺める。

「今度こそ本物なんだろうな?」

「間違いないです! あ、なんならお詫びにもう一個差し上げます」

 商人は再びカバンを漁り、見た目は先程出したパンと全く同じパンを差し出す。

「サービスいいんだ」

 トロンもパンを受け取った。

「さぁさぁ、食べてみてくださいな」

 商人に勧められ、二人はパンを口に運ぶ。が、パンを口に入れる直前、トロンがその手をピタリと止めた。

「ムチャ、待って」

「え?」

 トロンはパンを食べるのを制止しようとしたが、時すでに遅く、ムチャはパンをモグモグと咀嚼していた。律儀に半分に分けて。

「待てって……グー」

 パンを咀嚼していたムチャは突然眠りに落ち、膝をついて前に倒れこむ。

「あーあ……」

 そして倒れ込んだ先にいた商人に頭突きをかました。

「いてぇ!」

 額を押さえてひーひー言っている商人を、トロンは冷めた目で見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る