料理対決

 しばらくの間、厨房には四人が料理を作る音が響いた。

 幸いな事に、ドッカーンとかガッシャーンという物騒な音は聞こえて来なかったが、逆にそれが不気味でもある。

 そして数十分後、四人の料理が食堂のテーブルに出揃った。盆に乗せられた四つの料理には、それぞれ半円の蓋がされており、どんな料理かを見ることはできない。

「変なもの作ってないでしょうね?」

「だーかーらー、そりゃこっちのセリフだよ」

「で、誰からいく?」

 プレグが聞くと、三人は互いの顔色を伺う。こういうのは大抵先陣を切りたくないものだ。

 そんな中、ムチャがスッと手を上げた。

「よし、俺からだ!」

 ムチャは立ち上がると、皿に被さっている蓋に手をかけて勢いよく開ける。香ばしい油の香りが辺りに漂い、中から一皿の大皿が現れた。

 大皿の中には肉と野菜が炒められたものがドーンと乗っており、いかにも「男の料理」といった見た目である。

「肉と野菜を油で炒めて塩こしょうで味付けしたものだ!」

 いわゆるただの肉野菜炒めだ。しかし、肉と野菜は食感と火の通りを均等にするために綺麗に揃えられており、ムチャの大胆ながら地味に几帳面な性格が伺える。

「わぁー、美味しそう」

「ムチャっぽい」

「ふん、猿でも作れそうな料理ね」

「ふっざけんなよ! ケチつけるなら食ってからにしろ!」

 四人はフォークを使って肉野菜炒めを口に運んだ。


 モグモグモグモグモグモグ


「美味しい!」

「……普通ね」

「うん、ムチャの料理だね」

 三人のリアクションはイマイチパッとしないが、そこまで悪くも無かった。

「やっぱりシンプルな料理がうまいな!」

 ムチャは肉と野菜炒めを頬張りながら満足そうに頷く。

「まぁ、これには負けないわね」

「じゃあプレグの料理を見せてみろよ!」

「いいわよ」

 流れで二番手に決まったプレグは、自分の料理の蓋に手をかけた。


「私の料理はこれよ」

 そして優雅な仕草で蓋を開ける。辺りにニンニクの香りが漂い、中からパスタが盛り付けられた皿が姿を現した。

「ニンニクとオリーブオイルと唐辛子とベーコンとキャベツのパスタよ」

 いわゆるペペロンチーノだ。

「わぁー、美味しそう」

「どうせならミートソースが良かったなぁ」

「うん」

「ソース作るのに時間かかるでしょ! あんた達がお腹空いてそうだったからちゃっちゃと作れるものにしたのよ!」

 プレグは案外気を使っていた。

 四人はパスタを小皿に取り分けて食べた。プレグ以外の三人のリアクションは悪くなかっのだが、唐辛子とニンニクをふんだんに使った大人の味のパスタは、三人には少々辛かったようだ。

「ふん、あんた達は舌が子供なのよ。で、次はどっちがいくの?」

 トロンとニパは、互いの顔を見る。

「トロンさんからいく?」

「ううん、ニパからどうぞ。私は最後がいいから」

 自らトリを選ぶとは、どうやらトロンは自身の料理にかなりの自信があるようだ。

「じゃあ、私から……私の料理はこれだよ! じゃじゃーん!」

 三番手を譲られたニパは、元気よく皿に被せてある蓋を開けた。

「「あれ?」」

 しかし、そこには何も入っていなかった。

「私のは汁物だから温めてくるね」

 そう言ってニパは厨房へと駆けて行く。どうやら厨房に鍋があるらしい。

「ニクい演出だね」

「……そうか?」


 三人がしばらく待っていると、ニパは温かいスープが入った皿を三人に持ってきた。スープからはコンソメの良い香りが漂ってくる。中には刻まれた野菜や肉が入っており、良い出汁が出ていそうだ。

「スープだよ。冷めないうちにどうぞ」

「見たまんまね」

 四人はスープをスプーンで掬い口に運ぶ。

「うん、うまい!」

「素朴な味」

「どうせなら一品目に欲しかったわね」

 ニパの料理も評価はボチボチのようだ。

「でもこれ、何で野菜も肉も端っこの部分ばっかり入ってるんだ?」

「そうよね。せっかく食材があるんだからもっと贅沢なスープにすれば良かったのに」

「えーと……それはね」

 ニパは急にモジモジとし始める。

「そのスープ、二人の余り物で作ったの……野菜の切れ端とかお肉の筋で」

 それを聞いて三人は驚いた。

「なんか勿体ないなぁって思って。子供達と暮らしてた頃はそんな料理ばっかり作ってたから。食材沢山あるのに、私ってばビンボー症だよね……」

 ニパは額を掻きながら恥ずかしそうに笑った。

 三人は唖然とし、目を潤ませると、何ともいえない優しげな表情を浮かべる。

「ニパ、今度パフェを奢ってやるからな」

「あんたステーキ好きよね」

「美味しいハンバーグのお店知ってるの」

「え? え? あ、ありがとうみんな」

 急に優しくなった三人にニパは困惑した。しかし、これでニパの皿洗いは無さそうだ。


 そしていよいよ料理対決のトリであるトロンの番がやってきた。

「じゃあ、私の番だね」

 トロンはなにやら自信満々な表情をしている。しかし、ズレている人間の自信とは恐ろしいものだ。

 ここまでの評価は三人とも甲乙付けがたい、というより、似たり寄ったりの評価である。ここでトロンが三人の上に抜きん出るのか、はたまた下に突き抜けるのか。

 正直なところ、ムチャとプレグとニパはトロンの料理が一番心配であった。料理の腕前というよりは、何かをしでかしそうで心配という意味だ。しかも自らトリを選んだ事も気になる。

(ねぇ、あんたトロンが料理作ってるの見たことある?)

(あるっていうか、トロンに料理を教えたの俺だけど……)

(それなら変なものは出てこないね)

(多分……多分な……)

 三人が不安げな表情を浮かべていると、トロンが料理の蓋に手をかける。

「どーん」

 トロンは口で気の抜けた効果音を発し、そして蓋をそーっと持ち上げた。


「「こ、これは!?」」


 三人は驚きの声をあげる。

 そこにあったのは……

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