ミモルの悩み
「ねぇ、人って死んだらどうなるの?」
ベッドに腰掛けるミモルの突然の質問に、ムチャとトロンはキョトンとした表情を浮かべた。
闘技場からの帰りに公園でネタの練習を終えた二人は、まだ日が高かったのでミモルの様子を見に病院へと寄ったのだ。商店街で買った菓子をミモルに渡し、三人で菓子を頬張っていると、ミモルが突然そんな事を二人に問いかけた。
「突然どうしたんだ?」
ムチャが聞き返すと、ミモルは不安げな表情で手元の菓子に視線を落とす。しかしその目に菓子は映っていない。
「私の病気ってすごく難しい病気なんでしょう? だから、もし死んだらどうなるんだろうって思って」
ムチャとトロンは顔を見合わせた。
「お兄ちゃん達には心配しちゃうだろうから言わないけど、私本当は凄く怖いの……」
菓子を握るミモルの手は僅かに震えていた。
「ミモルは死なねぇよ、もうすぐ王都の偉い医者が来て手術してくれるんだぞ」
「わかってるよ。でも……もしもってあるよね。偉いお医者さんだった失敗はあるだろうし」
「そんな事は……なぁ」
「きっと大丈夫。ミモルちゃんの病気は治るよ」
トロンがそう言ったが、ミモルの表情は変わらない。どんな事にも「もしも」はある。ミモルはその「もしも」があった時が不安なのだ。
人は誰もが生きていれば、一度は死について考える。ミモルは病気が引き金となり、幼いながらにそれを考え込んでしまっていた。ある程度長く生きて達観した人間なら、その謎を何とかなだめすかし、心の底に封じることができるのだろうが、それを上手くやるにはミモルはまだ若すぎる。
「そうだなぁ……」
ムチャは天井を見つめ、ミモルを励ます言葉を考えた。
「もし死んだら……」
「死んだら?」
「死んだら……えーと……」
当然ムチャがその答えを知るはずもない。そしてムチャは、悩んだ末に思考を止めた。
「死んだら……そう、牛になるんだ」
「「牛?」」
ミモルとトロンはムチャの突拍子のない発言に目を丸くした。
「そう、牛だ」
「牛になってどうなるの?」
「お腹が空いたら草を食べる」
「……それから?」
「お腹いっぱいになったら寝る」
「……それから?」
「のんびり散歩する」
適当な事を言うムチャを見るトロンの目は冷たかった。しかし、不思議とミモルはムチャの話に興味を示したようだ。
「……それから?」
「たまにモーッって鳴く」
それを聞いて、ミモルは呆れたように噴き出した。
「あはは、嘘ばっかり」
「嘘じゃねぇよ! 前に牛に聞いたんだ!」
「牛は何て言ったの?」
「モーッって」
「あはは! やっぱり嘘じゃん!」
ムチャの嘘はミモルの疑問に対して何の答えも導き出さなかったが、ミモルの表情は明るくなった。それからムチャは妙にリアルな牛のモノマネシリーズをミモルに披露する。それを見たミモルはまた笑った。トロンはそれを唖然として見ていた。
答えが無い事は悩んでいても仕方がない。それならいっそ笑い飛ばしてしまえばいい、という事をムチャは伝えたかったのだ。もっとも、無意識にであるが。
やがてミモルまで牛のモノマネをやり始め、トロンもそれに加わり、三人でモーモーしていると、病室に入ってきた看護師にうるさいと仲良く叱られたのだった。
「ちょっとは元気出たみたいだな」
笑い疲れてひーひー言っているミモルにムチャは言った。
「うん、なんか元気出た」
「笑いは万病の薬だからな。笑ってれば大抵の事は上手くいくんだ」
これはケンセイが以前ムチャに言った言葉だが、ムチャはさも自分が考えた言葉のように言うと、ふふんと鼻を鳴らす。
「まだちょっと怖いけどね……」
そんな事を言うミモルに、ムチャは一つの提案をする。
「じゃあ、そうだな……ミモルの手術が始まるちょっと前に、俺達がミモルにネタを見せてやるよ。それで、手術中はずっと俺達のネタを思い出していれば全然怖くないぞ!」
「本当?」
「前に約束しただろ? 特別ライブしてやるって」
ミモルは以前ムチャ達がお見舞いに来た時の事を思い出した。
「うん! 約束だよ」
「あぁ、約束だ!」
ムチャとトロンはミモルと指切りを交わす。それからしばらく、三人はお喋りを楽しんでから別れた。ミモルは別れ際、先日と同じく寂しそうであったが、さっきよりは随分元気が出たようだ。
二人が病院から出ようとした時、一階にあるロビーでソドルと鉢合わせた。
「なぁソドル、王都の医者っていつミモルの手術をしてくれるんだ?」
ムチャが聞くと。
「そうだなぁ、遅くとも再来週にはこの街に来るはずだが」
とソドルは答えた。
「再来週かぁ。ライブもあるし、ネタ作りが忙しくなるな」
「うん」
二人は次の試合の事など忘れ、芸人魂をメラメラと燃やした。
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