次の相手は?

 ある日の昼下がり、ムチャとトロンの二人は、マニラに闘技場の事務所に呼び出されていた。二人はソファに腰掛け、事務所にいた女性に出されたお茶を飲みながらおかきをポリポリしている。

「ポリポリ……俺達また何かしたかな?」

「ポリポリ……さぁ?」

 何かしたかと思いながらも、おかきを口いっぱいに頬張る二人の姿は実に堂々としたものである。

 そこにマニラがやって来た。

「お待たせしてごめんなさいね、ちょっと打ち合わせがあったものだから。新しいお茶いる?」

「いえいえ」

「オカマいなく」

「私はオカマじゃなくてお姉よ!」

 ムチャとトロンは苦笑いして肩をすくめた。

「で、御用というのは?」

「そうそう、まずは三連勝おめでとう! 私が組んだ試合とはいえ、まさかあの夫婦に本当に勝つとは思わなかったわ」

「マニラさぁ、正直俺達に勝たせる気無かっただろ」

「バカ言わないでちょうだい。あんた達を信じていたからあの二人とぶつけたのよ」

「どうだか……」

 ムチャは皮肉を込めておどける。

「でも、次の相手は私が選ぶわけじゃないからね。どんなのが出てくるかはわからないわよ」

 マニラはスッと目を細めた。そう、次の相手はムイーサの闘技場の代表。それはマニラが選ぶ対戦相手では無い。これまでもそうであったが、これまで以上に得体の知れない相手と試合をしなければならないという事だ。

「それだよそれ! 他の闘技場の代表と試合するなんて聞いて無かったぞ! 勝手に俺達を代表にするなよな!」

「だってあんた達が勝つとは思わ無かったんだもの」

「やっぱり勝たせる気無かったんだ」

 マニラは両手を揃えて横にズラした。

「まぁ、それは置いといて」

「置くな!」

「うちの闘技場はクリーンな試合を提供する闘技場だけど、ムイーサの闘技場は刃物あり銃器ありのなんでもあり、相手が死ぬか戦闘不能になれば勝利っていうどぎついルールの闘技場だから、もしかしたらエグいのが出て来るかもしれないわよ」

「まぁ、ライブのためなら誰とでもやるけどさぁ」

「ルールはこっちと向こうの中間。相手を殺したら負けだけど、武器は真剣を使うわ。下手したら大怪我するから気をつけてね」

「他人ごとかよ!」

「だって私が戦うわけじゃないもの」

「ふざけんなよ!」

「まぁまぁ、これに勝てばあなた達の夢が叶うんだから」

 それを言われてはムチャとトロンは何も言えない。

「大丈夫、ここからが本題よ。私が対策のために、向こうのチャンピオンクラスのペアをピックアップしてきたの。これを見て欲しくて呼んだのよ」

 そう言うとマニラは数枚の書類をテーブルの上に出した。

「まずこの二人、ガルダとファルシアのコンビね。この二人はあなた達と同じで剣士と魔法使いのコンビよ。ガルダは元王国軍の兵士で、魔物を千体斬ったという伝説のある剣士よ。ファルシアは風の魔法を得意としていて、ガルダとは軍以来の相方だから、コンビネーションは抜群よ」

 ムチャとトロンはゴクリと唾を飲む。

「次にこの二人、ペキムスとキリルのコンビ。この二人はどちらも獣人で、身体能力は並みの人間の比じゃないわ。特にキリルの方は要注意ね、彼は虎の獣人タイガーマンで、試合中に興奮して試合相手を噛み殺した事もあるらしいわよ」

 ムチャとトロンは再び唾を飲む。

「それからこのペアも怖いわ。ダンディ・ダンとクリント・サウスリバーのガンマンコンビ。ダンは腕利きのスナイパーで元暗殺者、クリントは元賞金稼ぎで、その早撃ちは目にも止まらぬ速さよ」

 ムチャとトロンは三度唾を飲む。

「出てくるとしたらこの三組のうちのどれかね。どのペアが出てくるかは向こうの選考次第だけど」

「なんでこんな物騒な連中なんだよ……」

 ムチャは書類を見比べながら苦〜い顔をした。

「ムイーサには魔王がいた頃に北から流れてきた人が多いからねぇ。血の気の多いのがいるのよ」

「どれともやりたくないなぁ……」

「まぁ、無理だと思ったらギブアップしてちょうだい。私だって子供が怪我するところなんて見たくないもの。それとも、カリンとイワナペアに代表を代わって貰う? うちにも他にチャンピオンクラスはいるし」

 ムチャとトロンは首を捻った。

「ムチャ、どうする?」

「うーん……」

 ムチャはしばらく考えて言った。

「……………やる」

「だよね」

「ライブのためだ! それにさ」

 ムチャはトロンの耳に手を当てる。

(どいつも強そうだけど、ブレイクシアよりヤバい奴はいないだろうしな)

 ムチャがトロンに耳打ちすると、トロンはポケーっとブレイクシアの事を思い出した。

『ふはは! 面白い! 面白いぞ!』

『あ〜ん、ブレイクシア様ぁ……』

 確かにあの二人よりも恐ろしい連中が地方の闘技場にいるはずもあるまい。

「そうだね」

 トロンは力強く頷く。マニラはそんな二人の様子を見て微笑んだ。

「じゃあ、この書類持って行っていいから、対策立てていてちょうだい」

 マニラはソファから立ち上がり

「今回の代表選、別に何かを賭けているわけじゃないけど、うちの代表として期待してるわよ。あなた達の夢のためにも頑張ってね」

 と言うと、そそくさと事務所を出て行く。

 残されたムチャとトロンはふぅとため息を吐く。

「今日はギラギラしてなかったな」

「だねぇ」

 二人はたっぷりの不安と残ったおかきを抱え、事務所を後にした。

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