ムチャとトロンのコレクション

 イワナとカリンとの試合の翌日、ムチャとトロンはその日を休息日とし、宿でのんびりと過ごす事にした。

 二人はベッドの上に長方形の絵札のような物をズラリと並べ、真剣な顔をして絵札を眺めている。

「トロンの火炎ドラゴンと俺のトゲたぬき交換してよ」

「えー、火炎ドラゴンとトゲたぬきじゃ釣り合わないよ」

「でもトゲたぬきもう五枚も持ってるんだよ」

 絵札にはそれぞれ違う魔物が描かれており、一筆書きで描けそうなシンプルなものから、絵画のように美麗なものまで様々である。

「じゃあ、トゲたぬき四枚と火炎ドラゴン」

「トゲたぬき四枚もいらない……それにこの火炎竜は絵が綺麗だから好きなの」

 ムチャ達がベッドに並べている絵札は、ベリス王国内で流行している魔物絵札というもので、子供から一部の大人まで集めている、収集と観賞を目的とするコレクション絵札である。地方によって流通しているものに違いがあり、ムチャとトロンは懐に余裕がある時は、立ち寄った町の雑貨屋や玩具屋で欠かさず購入してコレクションしているのだ。

 絵札にはレアリティに違いがあり、美しい絵札や珍しい絵札は高値で取り引きされる事もある。基本的に一袋五枚入り二百ゴールドで販売されており、買う時は中身が見えないように包装されているので、どんな絵札が入っているのかわからずドキドキするのだ。

「じゃあ、せめてトゲたぬきと何か交換してくれよ」

「トゲたぬきかぁ……この巨大バッタは?」

「うーん、まぁ、持ってないからいいか」

 どうやらムチャとトロンの間でトレードが成立したようだ。ムチャは五枚あるトゲたぬきの絵札を一枚を差し出し、トロンは巨大なバッタが描かれているちょっと気持ち悪い絵札をムチャに渡した。

「結構集まったよね」

 トロンはベッドに並べた絵札を集めて束にする。その厚さは六〜七センチ程にも及んだ。

「だなぁ、トロンの一番のお気に入りはどれだ?」

「うーん、これかなぁ」

 トロンが見せた絵札には、綺麗なハーピィ(鳥人族)が描かれている。

「女の子って感じだな」

「ムチャは?」

「やっぱこれだよ!」

 ムチャが出した絵札には、飛龍に王国軍の鎧を着た兵士が乗っている絵が描かれている。

「男の子っぽい」

「かっこいいだろ」

 でも実はムチャにはトロンに内緒の秘密のコレクションがあるのだ。

「あれ? ムチャ、あれも絵札じゃない?」

「え?」

 トロンが指差した先、部屋の隅にあるテーブルの上に乗っているムチャのカバンのポケットの一つが開き、何やらキラリと光る絵札らしきものがのぞいている。

「あ、あれはトランプだよ」

「トランプ持ってたっけ? ニパ達も呼んでやろうよ」

 トロンがムチャのカバンに手を伸ばすと、ムチャはその手をワシッと掴んだ。

「ムチャ?」

「いや、あれはダメなトランプなんだ」

「どうして?」

「一枚足りないんだよ」

「一枚足りなくてもいいゲームしようよ」

「いや、ダメだ」

「どうして?」

「どうしてもだ」

「ふーん……」

 トロンがムチャのカバンへと伸ばす手をスッと引くと、ムチャはトロンにバレないようにホッと胸を撫で下ろした。

 しかし、手を引いたトロンはジーッとムチャの顔を見つめ続けている。

「な、なんだよ」

「別に」

「変なやつだなぁ」

 ムチャはベッドの上に広げていた絵札を束ね、カバンに入れるために立ち上がった。しかし、トロンに見られているためになんだか落ち着かない。ムチャはチラチラとトロンを見ながらカバンに近づく。

 その時である。


 カツン


 よそ見をしていたムチャの足が、壁に立てかけてあったトロンの杖に当たり、杖が倒れた。倒れた杖はテーブルの上からぶら下がっていたムチャのカバンの紐に引っかかり、カバンをテーブルから引き摺り下ろす。


 ドサァ


 カバンは床に落ち、その衝撃で開いていたカバンのポケットから数枚の絵札が滑り出した。

「「あっ」」

 その数枚の絵札には、いずれにもキラキラと輝くセクシーなサキュバスの絵が描かれている。

 二人はその絵札をじっと見つめる。

「トロン……これはな」

 ムチャが何か言おうとした時、トロンが口を開いた。

「わぁ、綺麗な絵札。ムチャ、これどうしたの?」

 トロンは絵札を拾い集め、しげしげと眺める。

「え? あ、これは、これはな、トロンがこういう女の子っぽい絵柄のやつ好きかと思って、プレゼントするためにこっそり集めていたんだよ!」

 ムチャは嘘をついた。本当は目の保養にちょっとセクシーな絵柄の絵札を集めていただけだ。でもそれをトロンに知られるのは恥ずかしいので咄嗟に嘘をついてしまったのだ。

 しかし、それを聞いたトロンは目を丸くした。

「プレゼント? 私に?」

「……うん」

 トロンはまたしてもムチャの顔をジーッと眺めている。

「なんだよ?」

「……ありがとう。私、プレゼントとか貰うの初めてだから嬉しい」

 それを聞いたムチャの胸にグサリと何かが刺さる。それは返しがついた槍のように、簡単には抜けなさそうだ。

「プレゼント嬉しいな。じゃあ、私もお返しにこれあげるね……」

 トロンはムチャに「火炎竜」の絵札を差し出す。

「いやいやいやいや!! 貰えません! 貰えねぇよ!」

 ムチャはぶんぶんぶんぶんと手を振ってそれを制した。

「でも、私だけ貰うのは何か悪いよ」

「いいんだよ! プレゼントってのはそういうもんなんだよ! 普段の感謝の気持ちとかそういうのを込めて贈るんだから、見返りとかはいらねえんだよ!」

 ムチャは今、罪悪感を消すために、セクシー絵札に必死に感謝の気持ちを込めていた。

「わかった。これ大事にするね」

「おう!」

「キラキラしてる……でもこれ、なんかスケべなやつだね」

 トロンの言葉を聞いて、ムチャがカチンとフリーズした。

「え?」

「だって、みんな水着みたいな服着てるし、なんかポーズがいやらしいし……」

「そんな事ないだろ! ほら、綺麗でかわいいじゃねーか!」

「うん、でもスケべな感じはするよね、ほら、これなんてなんかボインボインしてる」

「いや、いやぁ……そうかなぁ……」

「ムチャこういうの好きなの?」

「好きっていうか何というか……」

「好きなの?」

「いや、俺が好きっていうより、これはトロンのために集めた……」

 トロンのトローンとした目が珍しくキッとなった。

「そんなわけ無いでしょ」

「はひっ!?」

 トロンの頬がぷっくりと膨れる。トロンは全てわかっていたのだ。トロンはセクシーでは無いが策士さくしーであった。

「ムチャのスケべ。あー怖い怖い」

 トロンはムチャに絵札を一枚ずつ突き返した。

「これはケセラに似てる、これはプレグに似てる、これはニパに似てる、これは……」

 その絵札のサキュバスはどことなくトロンに似ていた。

「トロンに……似てるな」


 ぺちーん!


 ムチャの額に絵札が張り付いた。

「あー、怖い怖い」


 ムチャはその後「怖い怖い」と「ごゆっくり」を連呼しながら部屋から出て行こうとするトロンをなだめすかし、二人で商店街に新しい絵札を買いに行った。

「き、今日は俺の奢りだ!」

 ムチャの魔物絵札コレクションに、トゲたぬきがまた一枚加わった。

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