激戦の後

 二人への勝利のコールがかかった後、闘技場には大番狂わせに対する多くの拍手と歓声、そしてイワナとカリンに大金を賭けていた一部の観客からのブーイングと絶望の声がこだました。そしてマニラがリングへと上がり、来週ムイーサ闘技場の代表選手と、アレル闘技場の代表選手の試合が、この闘技場で行われる事を皆に告げる。アレル闘技場の代表はもちろんムチャとトロンだ。

 ムチャとトロンは盛大な拍手の嵐を浴びながらリングを後にし、控え室にたどり着くと、ふぅとため息をついてベンチに座り込んだ。

「なんかえらい事になってきたなぁ」

「うん……あんな沢山の拍手、初めてもらったね」

「でも、どうせならお笑いで拍手貰いたいよな」

「それはライブの時までお楽しみだね」

「おう。あー、疲れた……」

 ムチャは横に倒れ、トロンの膝にゴロンと頭を預けた。

「大丈夫?」

「うーん……疲れただけ」

 ムチャはカリンとの戦闘によるダメージと、感情術の使用による精神的疲労で実はクタクタに疲れていたのだ。

 トロンが見下ろすムチャの後頭部には、すでに固まっている血が付いていた。トロンは手を伸ばして杖を手に取り、癒しの魔法を使う。ムチャの後頭部に暖かさとむず痒さがじんわりと広がり、ムチャはその身をブルリと震わせた。

「はふぅ……そこそこ」

 トロンに膝枕をされ、ムチャはこりゃたまらんと恍惚な顔をしていると、控え室の扉の隙間から、一対の目が覗いてるのに気付いた。

「のわっ!」

 ムチャが慌てて体を起こすと、上から覗き込んでいたトロンの顔面に頭をぶつける。

「ぷっ!」

 トロンは顔を押さえ、ベンチごと後ろにひっくり返る。ムチャも合わせてひっくり返り、今治癒してもらったばかりの後頭部を強かに打った。

「「いたたたたた」」

 二人が痛みに悶絶していると、扉が開き、二人の人物が入って来た。それは先程戦ったばかりのイワナとカリン夫妻である。

「驚かせてごめんね、大丈夫?」

「カリン、だから覗きなんてするなって……」

「でもノックしようとしたら、中から「はふぅ……そこそこ」なんて聞こえてくるんですもの。もし何かしていたら大変でしょう? 若い二人だし」

「まぁ、それはそうだが。そこで覗く必要があるのかなぁ?」

「だって気になるじゃない。女の子じゃなくて男の子の方が「はふぅ……そこそこ」って、一体どんなテク……」

 興奮した様子のカリンのズボンを、ムチャの手がくいくいと引っ張った。

「とりあえず、起こして……」


 イワナとカリンに起こされた二人はベンチを起こし、再び腰掛けた。

「さっきはどうも、いい試合だった」

「久しぶりの試合だったけど、楽しかったわよ」

 イワナとトロン、ムチャとカリンはがっしりと握手を交わす。

「こちらこそ、楽しくは……無かったけど」

「そういえばコランは元気? 今日来てる?」

「えぇ、元気よ。今日は妹の家に預けて来ているの」

「そうなんだ」

 トロンはちょっとだけ残念そうな顔をした。

「今度うちに遊びに来てよ、いつでも歓迎するから。コランも喜ぶわ」

 それを聞いて、トロンの顔が明るくなる。

「うん! ムチャも行こうね」

「コランて誰だ? 犬?」

 トロンはムチャをペチンと叩いた。

「そうそう、くすぐり少年に……ムチャ君に聞きたかったんだけど、あなたの師匠って誰? もしかしたらだけど私達の知り合いじゃないかと思ってさ」

 その質問に、ムチャは少し驚いた。

「えーっと……わかるかどうかわからないけど、ケンセイって言ってわかるかなぁ……」

 それを聞いて、カリンとイワナは顔を見合わせた。

「ケンセイって……心神教の剣聖様?」

「そうそう」

「剣聖、エクセルケイド・ソードスター?」

「確か、そんな名前」

 カリンとイワナは再び顔を見合わせる。

 そしてムチャを見て言った。


「あんた、私の弟弟子よ」


「「え?」」

 ムチャとトロンも顔を見合わせた。

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