必殺必死・古竜聖火拳!

 ムチャの拳から放たれた光の眩さに、闘技場の観客達は皆目をつぶった。そして閃光が消えた時、一人の観客が恐る恐る目を開き、呟いた。

「嘘だろ……」

 それは驚きから思わず溢れた言葉である。

 リングの上には信じられない光景が広がっていたのだ。


 何もない。


 否、何も起こっていなかったのだ。

 あれだけド派手に、あれだけかっこよく、あれだけキメ顔でムチャが必殺技を放った筈なのに、リングの上は技が放たれる前と何も変わっていないのだ。

 ムチャは拳を突き出したまま硬直し、トロンはその肩に手を添えている。そしてイワナはカリンの前に立ち塞がり、杖を構えて障壁を張っている。リングがえぐれているわけでも無い。イワナとカリンが倒れているわけでも無い。ムチャが輝く正拳突きを放つ前と何一つ変わっていないのだ。

 目を開けた観客達は徐々にざわめき出した。

「不発……か?」

 イワナは杖を下ろし、障壁を解いた。そしてカリンと顔を見合わせる。カリンも訳が分からず首を傾げた。


 その次の瞬間。


 ドスッ


 イワナとカリンは寸分たがわぬタイミングで、臀部に凄まじい衝撃を感じた。その衝撃は一瞬で全身に伝わり、衝撃は激痛へと変わる。

「「…………………っああああああ!!!!」」

 イワナとカリンは声にならぬ叫び声を上げ、わけもわからずリングに倒れこんだ。イワナはリングを這いずりながら、自らの臀部を攻撃した者を確認しようと、目をチカチカさせながら背後を見た。そこには両手を祈るように組み、中指と人差し指を立てたムチャと、杖を逆さに構えたトロンが立っていた。

「光よ」

 トロンが呟くと杖から光の縄が伸び、激痛により身動きの取れないカリンとイワナを縛り上げる。

「光よ、光よ、光よ、光よ、光よ……」

 トロンは何度も呪文を唱え、次々と縄を量産し、拘束を更に強くする。ボンムレスハムのように縛り上げられたイワナとカリンは、痛みと混乱でビッタンビッタンとエビのようにリング上をのたうちまわる。

「「いぇい」」

 それを見ながらムチャとトロンはハイタッチした。


 さて、ここでムチャとトロンが何をしたのか説明しよう。

 まず、ムチャが放った「必殺必死・古竜聖火拳」という超スーパーウルトラエンシェントかっこいい技は残念ながら存在しない。これはムチャの脳内にある、「ぼくのかんがえたさいきょうのひっさつわざ」の一つだ。ムチャがトロンにこの技名を囁いた時、トロンはムチャの意図を瞬時に理解した。それは以前立てた作戦の合図だったのだ。

 ムチャはこれまでの戦いで、イワナとカリンは油断こそしていないものの、「戦いを楽しんでいる」事を感じていた。

 ムチャの考え通り、イワナとカリンはまるで父親が幼い息子と相撲を楽しむように、二人の力を図ろうとしていたのだ。そしてイワナとカリンは幾分か本気を出した時、「この子達に敗北する事は無いだろう」と思った。そしてそれを隠す気すら無かった。そこでムチャは考え、そして思いついた。


 二人に一泡吹かせる方法を。


 ムチャはわざとらしく奥の手があるように叫んだ。ここが一番の賭けであったが、イワナとカリンはムチャの予想通り、その技を正面から受けるという意思を示した。この時、イワナとカリンは既にムチャとトロンの策略にハマっていたのだ。

 そしてムチャは必殺技(嘘)を構える。この時ムチャの拳に光を宿したのも、瓦礫を震わせたのも、周囲に風を巻き起こしたのもトロンの魔法である。

 イワナとカリンは、いや、闘技場にいた全ての人々が、ムチャとトロンの係員を涙ぐませるほどの演技力でお送りするお芝居に騙され、只ならぬものを感じ、身構える。そうなればもうムチャとトロンから目を離す事はできない。

 全員の視線と集中が二人に集まった時、ムチャは絶妙なタイミングで古竜聖火拳(笑)を放った。この時トロンは三つの魔法を使った。

 一つは閃光魔法。これはムチャの拳から放たれた光である。この光が二人に視線を集中させていた皆の目を眩ませた。

 二つ目は幻覚魔法。皆の目が眩んだ瞬間、幻覚魔法を発動し、二人が今いる場所に偽のムチャとトロンがいるように見せる魔法のホログラムを作り出す。

 三つ目は透明魔法。閃光が消える前に透明魔法を発動させ、姿を消し、気配を悟られぬようにイワナとカリンの背後へと焦らずにゆっくりと歩みだす。普段のイワナとカリンなら、例え姿と気配を消していようともムチャとトロンの気配に気付いただろう。しかし、ムチャとトロンのそれまでのお芝居にすっかり魅せられた二人は、古竜聖火拳に気を取られ、正面から背後に回り込むムチャとトロンに気付かなかったのだ。

 そして閃光が消え、イワナとカリンの視界に、幻のムチャとトロンが現れる。しかし何も起こっていない。技の不発に安堵したイワナとカリンは、緊張していた状態から一気に体と心が弛緩する。その瞬間、ムチャは指でカリンに、トロンは杖の尖った方でイワナに、浣腸をぶち込んだのだ。幼い頃、遊び半分で浣腸を深部に打ち込まれた事がある者ならわかるであろう。あの身動きすらできず、悲鳴すら上げられない断続的に続く痛みと衝撃を。

 その衝撃を、体が緊張状態から弛緩状態に移行した瞬間にムチャとトロンの身体能力を存分に発揮し打ち込まれたのだ。どんな屈強な男であろうと股間を打たれてはひとたまりもないように、例え最強の夫婦であれどこれを喰らっては立ち上がる事はできない。そこをすかさずトロンが縛り上げれば、後はリングで跳ね回るエビ夫婦の出来上がりだ。

 ちなみに、二人が浣腸という攻撃手段を選んだのにも理由がある。背後から殴りかかるなり、魔法を直撃させるなり、攻撃として有効な手段はいくらでもあった筈だ。しかしなぜ二人は浣腸を選んだのか。

 イワナとカリンはこの試合の中で勝利を得ようと思えばその手段もチャンスもいくらでもあった。ムチャとトロンを死なない程度に叩き潰し、その強さを観客達に見せつける事もできた。しかし、それをしなかった。ムチャとトロンはそれを「借り」と取ったのだ。他にも魔法での攻撃は発動の瞬間に察知される可能性があるとか、打撃では屈強な二人を一撃で沈められる可能性が低い等、様々な理由があるのだが、「借り」を返すのならば、致命的な怪我をさせずにイワナとカリンに勝利する必要がある。よって二人は浣腸でイワナとカリンを倒し、トロンの魔法で動きを封じるという手段を取ったのだ。

 そして二人の作戦は見事に成功した。「最強の芸人コンビ」により、「最強の夫婦」はリングを跳ねるエビに成り下がったのだ。


「な、何が起こったのかはわかりませんが、今リングの上の状況が全てです!! 「最強の芸人コンビ」が「最強の夫婦」を地に付けました!!!!」

 実況者が叫び、観客達の戸惑いの声は歓声に変わる。


 トロン! トロン! トロン! トロン!

 ムーチャ! ムーチャ! ムーチャ! ムーチャ!


 闘技場にはムチャとトロンコールが響き渡った。


 が、しかし。

 観客に手を振る二人の背後で、一匹のエビがゆらりと立ち上がった。


 勝者のコールは、まだ掛かってはいない……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る