三回戦

 二人がいつも通り薄暗い通路を通り、闘技場の入り口へ出ると、多くの拍手と歓声が二人を出迎えた。


 トロンちゃーん!

 よっ、人間要塞!

 がんばれー!

 うちの娘になってー!


 心なしかトロンに対する歓声が多い気がして、ムチャは僅かにムスッとする。トロンは観客に対し、杖をフリフリと振って歓声に応えた。係員はムチャの肩をポンポンと叩き

「まぁ、闘技者はむさい男が多いから、若い女の子は人気出るんだ」

 と励ました。

「別にいいさ、俺達の本職は芸人だからな」

 そう言いながらも、ムチャはちょっとしたアイドルのような歓声を受けるトロンをジトーっと見ている。


「さぁ、週に一度のタッグマッチバトル! 次の試合が本日のメインイベントとなります。まずは青の門より入場するのは、まだ試合歴二戦でありながら、その実力を確かに我々に見せつけてくれた、「最強の芸人コンビ」ムチャとトロンのお二人です!」

 闘技場に銅鑼の音が鳴り響く。そして係員に背中を押され、二人は歓声を浴びながらリングへと入場する。


「続きまして、赤の門より入場です! かつて我々は思いました「彼らに勝てるペアはいるのか?」と。数年前、アレル闘技場にチャンピオンとして君臨した「最強の恋人達」が「最強の夫婦」となって帰ってきた! ソロ部門で今も現役で活躍中、「最強の夫」イワナ。そして四年前、妊娠を機に一度は引退した「最強の妻」カリンの登場です!!」


 カリンおかえりー!

 相変わらず美人だぞー!

 きゃー! イワナ様ー!


 司会が声を上げると、ムチャとトロンの入場より数段激しい拍手と歓声が響き渡り、二人の人物が観客に手を振りながらリングに上がる。


 一人は魔法使いのローブを着た背の高い青年で、その身長と同じくらいの大きさの長い杖を手にしている。そしてもう一人は、動きやすそうなぴっちりとした服を身につけ、髪が短く、女性にしてはがっしりした体つきで、長い槍を手にした女性であった。

 トロンは苦い顔をして言った。

「なんとなーく、そんな気がしてたんだ」

「え? トロン知り合い?」

 知り合いも何も、その夫婦は先日トロンとカフェでお茶をしたばかりだったのだ。

「私の復帰戦の相手がまさかあんたとはね、当たるにしてももう少し先だと思ってたけど」

「いやー、先日はありがとう。お手柔らかに頼むよ」

 トロンは二人にペコリと頭を下げる。

 ムチャの頭上にはハテナマークが三つ程浮いていた。


 いつも通りルールの説明が終わり、係員達がリングから下りる。すると、一人の係員が戻って来て、イワナとカリンに言った。

「あのー、客席に被害が及ぶような事は無しにしてくださいよ」

 それを聞いて、イワナがニコリと微笑んだ。

「それは、こういう攻撃は控えろという事かな?」

 イワナは杖を斜め上方にに構え、魔力を込める。

「雷砲」

 イワナが呟くと、杖が眩い光と轟音を放ち、まるで大砲のような雷が空に向かって放たれた。


 チュドオオオオオン


 放たれた雷は闘技場の遥か上空で爆裂し、大きな雷の花を咲かせる。観客達、係員、そしてムチャとトロンはそれを見て唖然とした。

「そ……そうそう、そういうの。さっき説明したように、相手を死亡させたら失格、観客に怪我人を出しても失格ですからね。観客に死人が出たら、この闘技場から永久追放ですよ!」

 係員はそう言うと、スタコラサッサとリングから逃げ出した。ムチャとトロンはまだ上空を見上げてポカンとしている。カリンがイワナの腕をキュッと抓る。

「あんた、あんまりビビらせるんじゃないよ。可哀想じゃないの」

「ははは、まぁ、お手柔らかにね」

 イワナは先程と同じ事を言い、爽やかに真っ白な歯を見せて笑った。

「トロン、生きてリングを下りよう」

「うん」

 二人の死闘が、今始まろうとしていた。

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